[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]


ほんとうに久しぶりだったよ



        冬瓜が次第に透明になりゆくを見てをれば次第に死にたくなりぬ

        錠剤を見つむる日暮れ ひろごれる湖(うみ)よこの世にあらぬみづうみ
                                   永井陽子






若くない親たちから生まれ
そんな親たちもみとって
身寄りをすっかり失って
しだいに病気がちになって

心もすっかり衰えて
消え入るような
しずかな自殺にむかっていった
ひとの詩歌を

数百ページ

ゆっくりと
ながながと
読み終わると

からっと晴れた午後というのに
ひたすら眠りこけるしか
ないようなのでした

ひと通りの多い道に面した
にぎやかな部屋の窓を開け放って
畳にじかに横になり

そのひとの衰えと
そのひとの死と
そのひとの美しい詩歌に
ひと眠りを捧げるしかなかったのです

浅い
こころよい
はかない眠り

目覚めそうになると
麻痺した体が
しっかりと魂をひきとめ

まるでやわらかな
ゴムの割れ目のような眠りのなかへ
ふたたび落とし込む

けれど

浅い
浅い
つけっぱなしの
豆電球のような眠り

晴れた空をいくわずかな雲や
道をいくひとや車の
音の数々
みんな
はっきり織り込まれて
小川の水に浮いているような
眠り

ひとつの夢のなかでは
小さな乗り物に
背の高い
髪の長い女の子と
ぎゅうぎゅう詰めに
むりやり乗り込むのが
日課の人生を送っていた

腿や膝が
女の子の腿や膝と
ぴったり合ってしまわないように
努めていたが
そもそもがむりな話で
いつか力を解いて
ぴったりしてしまった

すると急に体を傾け
胸をおしつけて
キスをしてきた女の子

なあんだ
はじめから
これでよかんたんだと思い
ぎゅうぎゅう詰めが
ずいぶんと楽になった

そんな夢のいくつか
眠りの
浅みの淵に
とどまり
たゆたい

魂はながながと
麻痺を続けていた

しだいに病気がちになって
心もすっかり衰え
睡眠薬を飲んで
消え入るような
しずかな自殺にむかっていった
ひとの詩歌だから
麻痺するような
こんな眠りが
あさあさと
続いていくのかしら

そう思いながらも
こんなすてきな眠りは
このところ
なかった

魂のすみずみまで
てらてら眠らせられて
すっかり拭われるような眠りは

ああ

ほんとうに久しぶりだったよ





「ぽ」194 2007年9月

[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]