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晩年



到るところで耳に入ってきていた気がする
時代の空気のように
どこの店でも
テレビのCMでもかかっていて
けっして心の耳には届かない音楽
意味を追う気になどなれず
まぼろしを追い続ける亡者たちが
疵の痛みをまぎらすために鳴らし続ける音楽

しかし ふと
それに耳を留めてしまう
ある単語とべつの表現の結びあわせの
どこでも聞きそうな
でも だれも本当は言わなそうな
やわらかいような
やさしいような
さびしく壊れてしまった後のような
なにもはじまっていないような
純なような
汚辱の果てのような
うすもものひかりのような
淡黄の炎のような

きみはどう思う?
歌謡曲というのに
これはちょっとすごいじゃない?

そう呼びかけてみようとして
向くかたわらには
だれもいなくて
ちょうど人がたの空虚が連れ添っているようなのも
たぶん気のせいで

…そうだった
とうのむかしにすべては終わってしまっていて
もう五十年か
六十年だったか
親しく話しかけた人さえもなく
歌謡曲さえ
だれかと聞いたこともない

ただ街があり
街のむこうにはまたべつの街があった
それらの街のさまを見ながら
時間を過してきた
街から街
さらに
街から街

五十年だか六十年だか
とうのむかしに隣りにいるのをやめている人に
ひさしぶりに
言ってみようとする

歌謡曲というのに
これはちょっとすごいじゃない?

すべてが終わってしまっていて

やわらかいような
やさしいような
さびしく壊れてしまった後のような
なにもはじまっていないような
純なような
汚辱の果てのような
うすもものひかりのような
淡黄の炎のような

ね、ちょっとすごいじゃない?





「ぽ」193 2007年7月

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