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覚えている、いない
ごわごわのシャツをざっくりと着て
あんなにこころを開き切って あの男
どこで会ったのだったか アフリカのどこか
笑顔のまま こちらをときどき振り返って
ゆっくり地平線へとむかう汽車の運転手
夕ぐれにそろそろ染まっていくぼくを
男はたぶん しっかり見つめ記憶し
ぼくの人生の縁をゴトゴト
ゴトゴトと外れていった
覚えている、とはなんということ!
彼のシャツのポケットの右端の
小さな糸のほずれがいまも見える
糸にも夕ぐれは来るのか
どんな光に染まっていたのか
輝いていたのか
なぜだかそれが見えない
覚えていない、とはまた
なんということ!
ぼくはここにいるよ、いま
きみはどこ、いま?
きみは? と
むしょうに言いたくなるときがある
あの汽車の運転手に
あの小さな糸のほつれにも
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