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ドコマデモ、ドコマデモ、遠イオ爺サン…



あゝおまへはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云ふ
中原中也『帰郷』




ひとつの年が暮れ
ひとつの年が明けてから
しばらく
ふかい山のなかにいた

(こんなわたくしでも
(囲炉裏に呼んでくださる御仁がいる…

鍋を囲炉裏の火にかけたまま
わたくしたちはぽつぽつと話した
声を大きくもせず
はっきりもさせず
おたがい彼方に沈んでしまったように
ひと言ふた言
澱ませ
継ぎ足し
なにもかも昔ばなしのように

外では雪が降りやまず
しんしんと
しんしんと
本当にふしぎな音を
立てている

時どき
鍋の湯がぐつっと鳴り
なにかを告げられたように
わたくしたちは
耳を澄ます

もうどこまでも
どこまでも
遠いお爺さんになっていくようです…

ふと
そう言ってしまった

みな微笑み
ひとりが
ドコマデモ、ドコマデモ、遠イオ爺サン…
と引き取った

ドコマデモ、
ドコマデモ、
遠イオ爺サン…

ああ
わたくしも老いた
老いました
もっと
もっと
老いていきますな…

ドコマデモ、
ドコマデモ、
遠イオ爺サン…

もういちど
引き取って言いながら
ああ
ここまで
わたくしも来た
と思った





「ぽ」227 2008年1月

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