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無適俗韻



少無適俗韻 (少〔ワカ〕きより俗に適うの韻〔シラ〕べなく)
性本愛邱山(性 本〔モ〕と邱山を愛する)

                                               陶淵明『帰園田居 其一』




ここらは
あいかわらずの野良で
ちっちぇえ小屋借りて
こうして住んでる
そこらの爺さんの話だと
むかしは狐も狸も
よく出てきたってことだが
さすがに
いまは出てこなくなったな
ときどき
狸は見かけるっていうが
おらはまだ見てねえ
夜中にごそごそ
庭で音のすんのなぞ
ありゃあ狸かね
そのうち目の前に
ひょっこら出てきたら
たんと餌やるんだけんどな

街には出るよ、おらも
まぁ立派になっちまってね
どっこもかしこも
コンクリートや金属やガラスってのが
なんだか晴れがましいほどだ
いまさらそんなのに
驚いたりしちゃあ
いねえよ、おらだって
あれがいまの世の中ってもんだ
造ったり壊したりの楽な
石の真似した建物の時代が続いている
あれがいまの世の中ってもんだろ
そんなことはわかってる
街に住みゃあ、おらだってな
ああいうとこで働くだろさ
ああいうとこに住むだろさ

だけども今に至るまで
おらの住処はここらのあたり
あいかわらずの野良で
ちっちぇえ小屋借りて
こうして住んでる
見てみなよ
けっこう広い畑があるもんだからさ
野菜ならなんとか
ことかかない暮らしよ
雑草だってずいぶん喰える
つくった作物を売ったりしてれば
わずかな金も入るから
肉だって魚だって
ときどき買いにいく
マーケットまで歩いてって
んでまた
歩いて帰ってくるんだが
ここらあたりは
あいかわらずの畦道
ぺんぺん草や
オオバコなんか踏んで
夕暮れのなかを帰ってくる
夏なんかには
うるさいほどの蛙でな

ここらは
あいかわらずの野良で
ちっちぇえ小屋借りて
こうして住んでる
自然の暮らしってもんじゃ
ないね
それほどじゃない
街でもなく
山でもなく
ただの野良暮らし
どっちにも慣れない
おらなんかには
ちょうどいいところ
どっちつかずで
中間で
流行もなけりゃ
しきたりも縛りもない
ぺんぺん草や
オオバコなんかの
楽園
それに蛙のね
ああ
蜥蜴なんかもいる
きれいなのがね
烏も来る
鳶もいる





「ぽ」230 2008年1月

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