[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]


ノートルダム寺院の椅子



じつは
ときどきパリに行きます
ノートルダム寺院の椅子に
座りに行くのです

右側の前から四列目
中央より二つ目
そこがいつも座る椅子
ほかの椅子でもいいのですが
なんとなく
そこ
空いていれば
きっとそこに座ります

そうして
ずっと座っているのです
二時間や
三時間はすぐ経ちます

心を静めもしないし
なにかを反省もしません
省察もしないし
目も瞑らない

有名すぎる観光名所ですから
たくさんの人たちが
来ては去り
来ては去り
写真を撮ったり
なにか語りあったり
しずかに座ったり

人たちのそういう中に
ただいるのです
人たちを見たり
外国語に耳を傾けたり
なんどもステンドグラスを見たり
柱や祭壇を眺めたり
ただそれだけ

あるとき気づいたのでした
祈りとか
瞑想とか
集中とか
思索とか
そんなものはあまり
要らないのだと
まわりのものの流れ
人の行き来
それらを見ているだけで
心の底がすっと抜けていくと

わたしの心が
いちばん抜けやすいのが
ノートルダム寺院の
右側の前から四列目
中央より二つ目の椅子
地球上でいちばん
心の底の抜けやすい場所

からだがどこにいても
心はいつも
あそこに座らせています
からだがなくなったら
全霊であそこに座る
何千年経ってもあそこに
わたしは座っている
寺院ができる前からいたし
できた後もじつは
ずっとあそこにいた

からだのあるうちは
ときどき
あそこに行きつづけます
三日や四日で
なぜパリに行って
すぐに帰ってくるのか
わけはこれ
ちょっとお金と時間ができれば
すぐにパリに発ってしまう
わけはこれ





「ぽ」236 2008年2月

[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]