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いつもどおり詩じゃないものを書くのは気持ちがいいぞ



「銃剣のことは忘れないようにね」と背の高い兵隊が言う。「相手を刺したら、それをぎゅっと横にねじるんだ。そしてはらわたを裂く。そうしないと、君が同じことをやられる。それが外の世界だ」
「でもそれだけでもない」とがっしりしたほうが言う。
「もちろん」、背の高い兵隊が言う。そしてひとつ咳払いする。「僕は暗い側面を語っているだけだ」

村上春樹『海辺のカフカ』(2002)








(これは詩じゃない)
(これはおしゃべり)
(これはつぶやき)
(これはぼやき)
(いつもどおり詩じゃないものを書くのは気持ちがいいぞ)


アメリカを罰しなければ
と思った人たちが金融ウィルスをたくみに組み込んだという話は
数年前に聞いていたけれども
あれだったんだね
サブプライム・ローンは

イラク侵略から五年経って
みごとに戻ってきたブーメランなのか
たんなる自壊なのか

人倫ということばを思う
人倫ということばがまだあればの話だが

どこどこの地域に
テロリスト(かも?)が隠れています
そうしたらその地域を大がかりに爆撃しちゃっていいのだ
劣化ウラン弾も最新鋭のミサイルも電磁波爆弾も
ボカスカ投じちゃっていいのだ
他国だってかまうものか
テロリストじゃありえない貧しい住人なんて最初から目じゃない
どんどん破壊する
それが正義だから
それが平和維持だから

数千年後の人類よ
きみらにとってはヒッタイトとか殷とか古代エジプトとおなじだろうが
アメリカガッシュウコクという連邦があって
そこの小ブッシュという皇帝の政府がこんな対テロリスト戦争論理をつくった
どんな時代のどんな民族にとっても馬鹿げた論理だとすぐわかる
そもそも論理なんてものじゃない
チンピラの言いがかりだってもっとマシなことを考える
だがこんな論理を必死に擁護しようとして
きみらにとってはやっぱり百済とか任那とか楼蘭とおなじような印象の
ニッポンという島国が躍起になっていた時期があったのだ
この島国にも馬鹿と無責任の見本のようなキツネ目のタナボタ親分がいて
そいつがワルだったんでねえ
資金援助して陰に日向に侵略に参加した
これはたぶん太平洋戦争終結以来の大イデオロギー事件であった
というのも二〇〇三年
小ブッシュとキツネ目とのこんな論理がまかり通ったことで
ことばと論理と思索と行動は完全に陥没することになったからだ
いくらなんでもそこまで捻じ曲げてはいけないということが世の中にはある
イラクなんでもそこまでいたぶってはいけないということが世の中にはある
それをやっちゃった
文筆で飯を食っている連中は黙ったか頬かむりしたか
大学の重鎮たちはたんに涼しい顔を決め込んで批評理性の不在を露呈し
善良なる市民たちはようするに無関心なる市民たち
なにからなにまで
みんなバレチャッタ
どいつも嘘っぱちだったってことが


(これは詩じゃない)
(これはおしゃべり)
(これはつぶやき)
(これはぼやき)
(いつもどおり詩じゃないものを書くのは気持ちがいいぞ)


開いちゃった論理の空虚
陥没しちゃったことばと思索の網
少しもこれらは直っていない
現代世界の現状の核心はここだ
この空虚
この陥没
これを埋めたり閉じたりするには
アメリカガッシュウコクに
じつはたくさんのテロリスト(かも?)が隠れているとの話がひろがり
世界中が北米全土を徹底的に空爆して破壊するのが確実に必要だ
アラビア連合軍が先陣切って円月刀をかざして突進して
WASPの首をぽんぽん刎ねるのが望ましい
開いた輪は閉じられ陥没は埋められる必要があるということ
開かれたときや陥没したときと同じやり方の回帰によって


すでにつくられ
実地で使用され
鍛えられてしまった論理
テロリスト(かも?)がひとりでも潜入していればいい
ましてや大量破壊兵器がわんさかあったらもっといい
そしたらボカスカだ
そしたら大空襲だ
はじめたもん勝ち
壊して殺し尽くせば勝ち
ぶっ飛んだ論理だが大事なのは銃弾を砲弾をミサイルを発射しちゃうことだ
早撃ちジョージ
早漏でもあるのかもねアイツ
三こすり半ってやつか
とにかく発射しちゃえば補給が必要になり
補給ってのはようするに軍需産業の振興ってやつで
そういう会社の顧問をやっているライスなんかにはがっぽり金が入る仕組み
天下り官僚の退職金が何億円といったケチな額ではない
とにかくそんな論理を
ちゃんと出どころにお返しすることだ
誰だって見たいだろう
威張っていた差別主義者の牙城にきのこ雲がいくつも立つなんざ
国見をすれば
国原は
煙立ち立つ
海原は
鴎立ち立つ
いい気持ちなもんだきっと
(俺が言ってるんじゃないよ。だれが言ってるんだろうね。ことば。ことば。ことば。しらねえな。主体はどこにあるのか。発語主体は)


(これは詩じゃない)
(これはおしゃべり)
(これはつぶやき)
(これはぼやき)
(いつもどおり詩じゃないものを書くのは気持ちがいいぞ)


こわいぞ
論理の陥没は
論理を表出したやつ自身がその論理の下に押しひしがれないかぎり
埋まることがない
口先だけですべて済むと思ったら大間違いだ
ことにその論理が回転してモノを壊したり人を殺したりしたら
ちょっとやそっとじゃ埋まることはない
おれはこう書いておく
ちゃんと書いておく
いま二〇〇八年だ
おれは書いておく
おれは詩人かもしれない
詩人っていうのはなにはともあれ「詩」を書かない唯一の人間だからな
「詩」だけはかかない
「詩」は軍需産業の側にある言語修飾物だからな


(これは詩じゃない)
(これはおしゃべり)
(これはつぶやき)
(これはぼやき)
(いつもどおり詩じゃないものを書くのは気持ちがいいぞ)



あとは付録だ
書いたのはおれじゃないかもしれない
いつもなにか書いているおれの指が勝手に書いたんだろう
文責などおれにはない
チマチマなにを書いてやがんだといつも指に言っている
もっと大言壮語すればいいのに
もっと言いたいことをいえばいいのに
もちろん現代が共産主義社会なみの管理社会だというのは確かだが
大言壮語すればじつは逆にお呼びがかかって
いっそうの言語修飾物を作ってくれとか言語核兵器を作ってくれとか
頼まれる時代だ
どうせならそれもいいかもしれない
使用する瞬間に使用者の側を破壊する言語核兵器
それをもうおれは完成している


(付録 1)
[題名] オムライス



(現代の重箱
(インターネットの隅をほじって
(たとえばファルージャ大虐殺byアメリカ合衆国の
(まだ読んでいない報告などさがし続けている
(水に流すことを知らぬ大人げない男、ぼく
(じめじめ
(ねちねち
(いつまでも思い続ける
(小ブッシュ政権がアフガニスタンとイラクでやったことをいつまでも
(あれに賛同し経済援助した小泉純一郎政権の全員のことをいつまでも
(たぶん何千年は忘れないでいられるだろう
(このしつっこさはユダヤ人に学んだ
(イスラエルのやり口には反対だが
(ユダヤ人の執拗さはわが師
(アメリカ合衆国の徹底したシステム主義はわがアドバイザー
(他人種に対するヨーロッパの冷酷さはわが友
(中国の倣岸さはわが同志
(にっぽん人の忘れやすさと赦しの早さなどとうに捨て去っている


小ブッシュ政権が終れば
スタンフォード大学に帰るとライスが言っている
イスラムの老若男女の肉体を粉みじんにした黒人女よ
スタンフォードの平和な研究生活に戻って
たまにはオムライスでも食べるかね
homme‐rice(人間ー米)とでも綴るかね
ネイティヴアメリカンたちの血を
ふんだんに吸わせて奪い取った広大な土地では
なお人種差別が激しいと聞くが
黒人ながらによく頑張ったライスよ
外国の別人種にミサイルを撃ち込むことで
わが身の春を守り抜いたライスよ
そういうのをにっぽん語で魂の売春と呼んでみる
思えば美しい言い方ではないか、
売春
ここには血の臭いだけは
しない


(小ブッシュと取り巻き連中の国際ショーからは
(新たなことなど学びはしなかった
(復習ばかりの歳月
(復讐は [よーろっぱのしょくみんちせんさくへの
はくじんたちへの
れんごうぐんへの
げんばくへの
むさべつくうしゅうへの]
(まだ遂げていないが
(復習だけはいくらでもにっぽん人はする
(漂ってくる異国の血の臭い
(肉の千切れる音
(砕ける骨に
(ふたたび
(どこまでも平然としていられるようになって
(日々の殺戮のニュースにも
(すっかり慣れきって
(若いアイドルの肢体に目を凝らしたり
(三ツ星レストランのメニューをあれこれ言ったり
(印象派展覧会に出かけてカルチャーしちゃったりして

(国内で小さな人殺しをやらかす犯人たちよ
(ファルージャに行ってアメリカの旗を褌に巻いて同じことをすれば
(今ごろ君らは生涯年金を手に入れていた
(バグダットでなら子供を切り裂いたところでせいぜい言われるだけだ
(「やるなら大人にしておいたほうが問題が少ない。子供は事故のように殺せ」
(タリバン相手なら白蟻のように数百人単位の殺人ゲームができただろうに
(哀れな国内殺人者よ
(聖書にも言うじゃないか
(ものにはすべて然るべき時と場がある
(なるほど聖書には従っておくべきだ
(白人たちの世界支配の種本の教えには

(二〇〇八年の
(大人類の心のこれほどの荒廃
(また戦争は起こり
(起こり続け
(それを止めようとなど誰も動きはしないのを知ってしまって、ぼくら
(これからも黙って見ているだけだと思う
(他国での豪勢な血の狂乱に慣れ切ったので
(アメリカ合衆国内にファルージャやヒロシマが出現しようとも
(黙って見ているだけだと思う
(そうであってほしい
(黙って見ていてほしい
(全世界も
(ニューヨークから
(ワシントンから
(シカゴから
(ロスアンジェルスから
(漂ってくる血の臭い
(肉の千切れる音
(砕ける骨の知らせの届く頃にも
(どこまでも平然としたままで
(若いアイドルの肢体に目を凝らしたり
(三ツ星レストランのメニューをあれこれ言ったり
(印象派展覧会に出かけてカルチャーしちゃったりして

  (ひとはひとを平然と殺し
(見殺しにし
(本当に助けなどせず
(つまり
(人、類、な、ど、や、は、り、生、き、る、に、値、し、な、い、と
(さらに深く深く復習していく
(かろうじて生きるに値するのは
(じぶん一人の小さな心の隅の
(隅の
(隅の
(隅…?
(こみゅにけーしょんなどいらない
(ぼくはぼくの時間を過ごし
(ぼくのいる場所を生きて
(ぼくに語り
(ぼくに微笑む
(ときにはぼくに書き
(それをぼくひとりで読んで
(考えの糸をほんの少しのばす
(そうしてぼくの病を耐え
(ぼくの死を迎える
(こみゅにけーしょんなどいらない
(ぼくはぼくの喜怒哀楽も価値観もぼくひとりで呑み込む
(そうして誰のものであれ
(他人の人生も心も
(見つめようとしないままで
(逝く

(なにが起こっても
(黙って見ている
(全世界もそうであってほしいな
(あらゆる人々が
(誰のことも助けず
(誰にも助けられず
(黙って見ているだけ
(黙って見合っているだけ
(身近な享楽にうつつを抜かすだけの
(短い夢まぼろしの流れ

(復讐するは我にあり
(我これに報いん
(パレスチナ人を殺すのが好きな民族の神のことば
(ああ神も
(復讐も
(欲しがる連中に任せておくよ
(ぼくは黙って見続けていく
(黙って見ているだけ
(黙って見ているという復讐もあるが
(ぼくはそういうわけではない
(復讐というわけではない
(ただ黙ってみているという
(死があり
(もうぼくは死んでいる
(さようなら人類
(死者のぼくは黙って見ている
(またまた大量の殺戮が近づいている
(臭いが強くなってきている
(ほぼ全員がユダである星
(あるいはシモンやペテロのように
(いざという時にはきっと後ずさりするものたちの星
(さようなら人類
(ぼくは黙って見続けている
(つぎはあそこ
(あの人びと
(そうわかっていたとしても
(見続けている
(さようなら人類
(目を逸らしたものが
(目を逸らした人びとの上に襲い掛かるのを
(見続けている




(付録 2)
[題名] 北原白秋作「万歳、ヒットラー・ユーゲント」

1. 燦たり、輝く
ハーケン クロイツ
ようこそ遥々、西なる盟友、
いざ今見えん、朝日に迎へて
我等ぞ東亜の青年日本。
  万歳、ヒットラー・ユーゲント
  万歳、ナチス。

2.
聴けわが歓呼を
ハーケン クロイツ
響けよその旗 この風 この夏、
防共ひとたび 君我誓はば、
正大為すあり世紀の進展。
  万歳、ヒットラー・ユーゲント
  万歳、ナチス。

3.
感謝す 朗らに、
ハーケン クロイツ
交驩かくあり、固有の伝統、
相呼び応へて文化に尽くさん。
我らが選士も幸あれその旅。
  万歳、ヒットラー・ユーゲント
  万歳、ナチス。

4.
燦たり、輝く
ハーケン クロイツ
勤労報国、亦わが精神、
いざ今究めよ、大和の山河を、
卿等ぞ栄あるゲルマン民族。
  万歳、ヒットラー・ユーゲント
  万歳ナチス。






(白秋さんもやるね)
(白秋さんもやったわけだ)
(やっちゃったね)
(詩人はあぶないあぶない)
(なにを書いても)
(書かなくても)
(あぶない)





「ぽ」243 2008年3月

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