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(誰もいないけれど…)






ふるっ、と走る
     走ってしまう
ふるっ、と



                     (誰もいないけれど…)



岬にむかう道だと知っている 辿って
いかなかったが
    名をいつも忘れる草が清潔な茎をゆらゆらさせて
いっぱい
     繁っていた誰もいない道



                    (誰もいないけれど…)



なんだか明るくて楽しくなる道
             辿って
行かなかったのは
          その道を楽しんで留まってしまったから


いるだけで
   楽しいなんて
    そんなにないことだもの
立ち止まってしまって
そのうち
    座り込んでみて
名をいつも忘れる草のあいだで
ゆらゆらしている清潔な茎を
指で触れて
              もっと
ゆらゆらさせてみた
ゆらゆらさせて
楽しかったね
        楽しかったよ


                    (誰もいないけれど…)


なにがそこにあったのか
        なにがそこになかったのか
気分が
とにかくよくってね
いいところだった
         ずいぶんながく
いてしまって
赤い赤い夕焼けのなかに
           ゆらゆら清潔な茎が
ゆらゆら
赤くゆれるのも
見続けていました




                    (誰もいないけれど…)



ふるっ、と走る
     走ってしまう
ふるっ、と




                          (誰もいないけれど…)



      世界が神経のいちばん細いところのように
ふるっ、と
        まなざしがまなざしでなくなるところを
走る
             走ってしまう



そんな時がありました





「ぽ」270 2008年3月

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