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(……もし風でも吹けば)



遠いコンテス(伯爵夫人)の
名、直接は聞いたこともないのに 耳の底へ
打ち寄せる漣に刻まれ続ける小さな革装の辞書にまで
触れ掛かりそうな (……もし風でも吹けば)レースの
カーテンさながらに透けた粗い網状の
一糸一糸の 薄緑の記憶のほどけ

まるで(おゝ!…)贋物のマホガニーの小卓か、私は
芯を抜き取られたまゝ 一冬を越した安価な
ボールペン軸を指先に遊ばせれば
時計の音が疎林を刻む間さえも 耕さぬ人々

なにを持ち帰ればいいかわからずとも
気体の血の強く通う管はある

霊の四季は音もなく集い
表敬するように(……もし風でも吹けば)
  抜き取られた芯を追いにかかる





「ぽ」301 2008年7月

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