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漬け物はいろんなことを言うんだぞ
(半ばで出てきたモチーフを途中でずらし、そのまま元のモチーフに戻らずにわざと書き終える詩篇)




満員電車で
きょうも漬け物になって
おばあさんの胸に顔をぶつけたり
太ったおじさんのお尻に
上着のはじっこを座られちゃったりして
あ〜あ

ちょっと遠くの
きれいなおねえさん
もっとあなたの
顎の輪郭
見つめたいなぁ
でも
遠いなぁ
i-podしちゃってて
こっちを見ても
くれない
お、ね、え、さ、ん、

必死に携帯をいじくっている
新入社員ふうがいる
化粧ッ気のない女子高生がいる
眼鏡をはずしてる初老サラリーマンがいる
やけに凝ったベルトをしている自由業ふうがいる
できるOLふうの少しアバタのある女性がいる
たまねぎみたいな顔の痩せすぎたおばさんがいる


どう進めてくと思う?
日々の都会生活の倦怠とか
うっすらと仄めかす人類嫌悪とか
もういいよ疲れちゃったよ終わりま〜すひとりで系の捨てゼリフとか?

そうじゃないのよ
今回は
あたくし
なんていうか
ふいに人類愛に芽生えちゃって
まいっちゃって
ちゃらっちゃった
満員電車もいいじゃない?って
思っちゃったの
寄ってたかって
ぎゅう
むぎゅう
ぎしぎし
もみもみ
むにゅむにゅ
宇宙はもっと広いってのに
こんなにひとっところに集まっちゃって
洞窟の天井に群れるコウモリみたいに
人類
いじらしいのよね
けなげよね
かわいらしいってものよね
思っちゃったの
思っちゃったのよ
いいじゃない
こんな程度で
むぎゅむぎゅしてれば

なにも宇宙の遠くまで行って
この人群れを見るほどのこともない
ちょっと高い
ビルの上から見るだけでも十分
田中一郎だか
中田次郎だか
次田中郎だか
中田一郎だか
見分けなんてつかないんだからね
地上数メートル以内の価値観は
もういいじゃん
あなたなんか
誰であってもいいんだし
あなたが感じていることも
考えていることも
ろくな由来もない信条とか
猫ザメから進化してきたのちの家系とか
どうでもいい
どんな服をあなたが着ようと
どんな賢そうな批評をしようと
どんな薀蓄を料理に垂れようと
どうでもいい
満員電車であなたの隣りに立った人の魂と
あなたの魂が
いま急に入れ替わってしまっても
どうでもいい
あなたなんてものが
どうでもいい
どうでもいいのよ
前からそう思ってたんだけど
言っちゃった
言っちゃいましたよ

あなたは人類
名前なんて
いらないじゃないの、もう
あなたは誰でもいい
誰であってもいい
そこがいいとこだと思うわけ
誰であってもいいって
自分のことを思わないやつは
間違っている
危険だ
なにが地球を損なうと思う?
自分は
自分は
自分は
っていう信仰が損なうんだ
自然は自分信仰が嫌いだから
自分は
自分は
自分は
って言い続ける連中をどんどん殺し続けるよ
自分は
って言わなくなった人だけが
新しい人類を作っていくと思う
自分は
って言わない人には
ひとりぼっちってことはないし
死もないね

お説教してるんじゃないぜ
満員電車の中で
漬け物になっちゃったんだ
漬け物はいろんなことを言うんだぞ
ぶつぶつ
わぎゃわぎゃ
うるさいったら
ないんだから





「ぽ」302 2008年7月

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