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山は首のかわりなどしてくれない






人生という名の生き損ない(ドゥルーズ)






疲れちゃってるのね
きみは疲れちゃってる
目から葉が生えているよ
口からあたまの蕩けた女の子が伸びている
情けないねぇ、きみ
胸のあたりには
泥の海がせりあがっているし
正直言って
きみから目を逸らそうと思っている
ぼくの人生を
そろそろ急ごうなどと思っているわけじゃない
人生なんて
だれにも本当はないんだものね
みんな自分の
うす桃色の自己満足に浸っているだけ
うす桃色の自己満足だぜ
春の少し暖かい
夕方のようだ
綿飴なんかが似合いそうな
別れはいいね
そんな時
遠く近くでぼんぼりが
ほわんと灯って揺れている

疲れちゃってるのね
きみは疲れちゃってる
目的は
いまや懐かしい古語
若い頃の
矢じりの先に伸びてきた時間なんて
思えば児戯のたぐい
逸れなかった
過たなかった
ことこそが最大の逸れ
過ち
打ち寄せる波よ
宇宙の
虚無の
きみの意識の外の波
はるばると
ぼくらは壊されていくために
生きている
なんていう観念を温め続けている
観念は観念
事実でも
真実でもないのだから
これまで起こったように見えたことは
うそ
どれもこれも
ありませんでした
なぁんだ
生まれてさえ
いなかったんだよ

肉体に精神が
一致して宿ってなどいないと確信したことあるかい?
ぼくはきのうも確信したのであったよ
蓮の葉の上で
透けた白い球になって
ころころ
していました
池の端をみると
首のないぼくが立っていたんだ
あゝ、ぼくは
首がなかったんだ
と驚いて
だれかに伝えたかったけれど
だれもいませんでした
伝えるべき人など

遠くに山が見えました
山が首の
かわりなどしてはくれないのですきない
遠さのなかで



「ぽ」348 2009年4月

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