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見ていたのは 見られていたのは






「いっしょになって考えたり、夢見たりしているのだ、おまえと私は。
―そして、私たちはいちども離れたことはない、私たちは永遠なのだ!」
                       (ネルヴァル『オーレリア』第二部T)







郊外へいく電車
はたちまで住んだ
実家のほうへ
遠いような近いような
……遠いナ
やっぱり
青年期までの日々の堆積が
過ぎる駅ごとに固まっている
こびりついている


べらべら自分を語るたちじゃない
しゃべる時はしゃべるけどね
しゃべりたいことは多い
でもおまえたちにはうんざりだろう
文字よ
白紙よ
記述者の思いを
こまごまと聞かされたりしたら
だから
たったひとつだけ語る
電車のなかでの
めずらしくもない光景ひとつ
母と娘と息子
家族三人が座っておりました


娘は一〇代はじめに見える
メガネさんで
ぷっくりふくれた顔
まだお化粧には興味のない頃
けっこう大柄
すこし太った猫のよう
ジーンズに地味なジャケット
女っけはどこにもない
でもすべらかな髪
つるつるの天然の肌


息子はモップのような髪
伸びすぎた苔のよう
土方のにいちゃんを
ちっちゃくしたような顔立ち
着ているのは
安い黒いジャンパー
それよりなにより
ゲーム機に夢中だなキミは


で、ふたりのあいだに
お母さん
メールを打っているようだが
ずいぶん心配そうな顔
というより携帯の
扱いに手間取っている顔


娘は眠り惚けて
あたまをお母さんの肩に
すっかり倒している
人の目なんか気にせずに
メガネさん爆睡の図
ゆたかな頬っぺたが傾き
口はちょっと開きぎみ
大柄なからだを預けきって
信じきっているね
お母さんのいるのを
お母さんと弟(たぶん)と
じぶんのいまのかたちを


語りたかったのは
これだけ
お話はおしまい
めずらしくもない光景だろう?
けれども
ずっとこれを見ていた
駅から駅
また次の駅から駅
退屈しのぎの本も開かず
メガネさん爆睡の図
この三人のいま
ずっとずっと見ていた


郊外へいく電車
はたちまで住んだ
実家のほうへ
遠いような近いような
……遠いナ
やっぱり
戻ってみても
戻ることのできない
遠さ


いつも思うんだけれど
こんなような時
だれ?
見ていたのは
見られていたのは
戻ってみても
戻ることのできない
遠さのなかで



「ぽ」347 2009年4月

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