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で なんなの?






やっぱり人類には属していない気がする
ごめんよ
きみらが楽しがっているもの
大事にしているもの
あれにもこれにも付きあってみたが
ごめんよ
やっぱりつまらない
そんなに大事だとは思えない

ひとつ心臓を持ってみた
あたまを持ち
そのなかには脳
遠くにいるぼくを受信して
まるでここにいるかのような気にさせる
たいした装置
まるで本当に世界が
ありでもするかのように
目や耳や鼻はとらえ
脳がまとめて拵えあげる

なんなの?

なんなの?

地球よ
宇宙よ
きみらを讃美すれば満足かい?
大事にすれば?
いたわってやれば?

なんなの?
ついにはいつも神を持ち出して
あるいは科学的思考を気どって

なんなの?
なんだって言うのさ?
人類の無限の進歩かい?
それとも
この世は修業の場だってのかい?
それが大事なの?
修行してどうするっていうの?
無限に進歩してどうするっていうの?
だからさぁ
なんなのって聞いてるのさ
なんなの?

なんなの?

こんな言い募りを
たとえば児戯の類だと腐す奴らの
徹底したニヒリズムに驚いておいてやるよ
悪いがぼくはもうそっちを向かない
だが逃げもしない
ぼくのなすべきことはこの心身を捨てることだけ
心身を捨てるのは地球を捨て
宇宙を捨てて
行くも居るもないところへ移ること
さようなら、存在と時間
精神も魂も捨てること
神も愛もないぞ
ぼくもきみもなしだ
くだらないぞ、言葉、表象、物質、非物質
にっぽんとか
げんだいとか
いつまでも女々しくホザいてんじゃねえよ
どんなに語ろうとも
きみらのものにはなりゃあしないんだ
きみらはもうすぐ失われ
忘れられていく
きみらも
きみら以外のみんなのように
(あ、ふいに米川正夫訳のドストエフスキーが読みたい…)

ぼくが不平不満に満ちているなんて思ったら大間違いだ
きょうもぼくは幸福であった
平穏に心を処すすべを知っているから
平穏に時間は流れ
帰路の列車は人もまばらで
ゆっくりと流れる河を渡るあいだ
まなざしをかなたに放ち
ぼくは地平線を眺めやった
河遊びする子供ら
釣り人が幾たり
読みさしの本を手にしたまま
すべてはこのままであってよいとぼくは思った
すべてがだ
ぼくのわずかな収入
残り少ない今生のエネルギー
つつましい日々の暮らし
朝日
夕日
朝日
愛とミルクとオレンジ
偶然出くわした子猫の髭
落ちていた一枚のトランプ
子どもが握っているプラスチックのシャベル
そして遠い戦争
近い不正

嘲り

ひまわりにアカンザス
すべて
すべて

すべてがこのようでいいとついに人が本心思うとき
じつはすべてがひっくり返りはじめる
あるいは急転が起こる
いいんだ
ぼくはどう転んだって幸せなんだから
すべてはこれでよい
このままでよい
このまま永久に凍りついてもよい
もはや求めるものはないし
はじめからなかったし
かくあるべしという今此処をぼくは絶対所有していた!
だから言うのだ
まるで暇つぶしのように
まるで不平不満だらけのように


なんなの?

なんなの?



「ぽ」355 2009年6月

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