[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]


絶対たまたま



チキンのほうがヘルシーよねえ。
ササミのところをデリケートに料理したのって、上品な感じでいいし。

聞きながら、
(この娘の肉ならどこがササミってことになるんだろう)と
鎖骨から首すじのあたりにまなざしを這わせ、

安価に出荷されるニワトリのふつうの飼われ方を思い出す、

チキンのお上品料理を称揚しつつお口に運ぶお嬢さんを目の前にしながら、
お嬢さんのお鎖骨からお首すじのあたりのつやつやお肌を辿りながら、
チキンたちのさほど快適でない生涯を思い出しながら、
お嬢さんをチキンたちのゲージに閉じ込めて同じように飼育したらどうかと、
思いながら、
ぜんぶ同時に思い重ねながら、


  「食用として適さないレグホンなどの産卵種のオスは、孵るとすぐにガスで処分さ
  れるか、生きたまま袋に大量にまとめられて埋められる。メスの場合、多くの神経
  の走る柔組織のある嘴を、生後十日ほどまでに切断。かつてはトーチランプで焼き
  切っていたが、現在は焼けた刃物を使用。
   その後メスは、三十一センチ×五十一センチほどの採卵用集中飼育ゲージに三〜
  六羽単位で入れられる。成長後の一羽のスペースは約三一六平方センチで、A4紙
  の約半分。ちなみに、ニワトリが翼を広げるのに必要なスペースは七十五センチで
  ある。
   生後すぐの嘴切除は、突つきあうことで集団内の順位を決める社会的習性を持つ
  ニワトリの外傷率を、狭すぎるゲージの中で最低限に抑え、利益を最大化するため
  の方策である。
   ケージとの絶えざる接触や相互の突つきあいで、多くの個体は羽を失い、皮膚の
  炎症が発生する。運動量の不足から骨粗鬆症になり、脚も羽も他の骨格も折れやす
  くなる。慢性的なヒステリー状態になり、共食いの傾向を強く示す。
   七十五パーセントほどが生存し続けるとはいえ、一、二年後には甚だしく採卵率
  が低下するため、加工業者送りとなる。例外なしに、固形スープの素、冷凍パイ、
  ペットフードとして生を終える。
   食用若鶏(ブロイラー)の場合も、孵った後すぐに嘴切断。飼育方法はさまざま
  だが、窓のない広い小屋が多用される。生産性向上を図る場合には、雛を詰め込ん
  だケージを何段も積み重ねる。一生そのケージから出さないので、七週間後の出荷
  頃には、一個体ごとに十五センチほどのスペースしかない。
   排泄物の堆積から、小屋にはアンモニアの匂いが充満する。若鶏の皮膚には炎症
  が生じる。狭い空間での多過ぎる飼育は、ニワトリのヒエラルキー形成を許さず、
  個体どうしは互いに戦いあうようになり、共食いも頻繁に発生する。
   殺し合いや共食いの大量発生は利益率の低下に繋がるため、照明を落とすことで
  攻撃性の減少が図られる。蝋燭の灯はふつう十ルクスほどだが、出荷前の最後の数
  週間は二ルクスほどの照度で管理する。…」*


思い出してしまったニワトリ飼育の話は、
もちろん、お嬢さんにはしない。

したって、しょうがない。

もう青二才じゃないんだから。
もう世間のセの字もケの字もンの字もよく知っているから。
なんたって、お嬢さんは今、ニワトリじゃないんだから。

たまたま今、ニワトリじゃないんだから。

しかし、このたまたま≠ヘ、

絶対的なたまたま=B

絶対たまたま=B

こんな時には
ディランの声が急に戻ってきたりして。
You said you’d never compromise(ぜったい妥協しないって言ってたね)**
そう、でもそんなのむかしの話。
そう、青二才だった頃の。
Now you don’t talk so loud(今じゃ あんまり大声じゃしゃべらないし)**
Now you don’t seem so proud(今じゃ そんなに自慢もしない) **
そう、そのとおり。
Like a complete unknown(まったくもって無名でさ) **

そう、
言ってくれるじゃないのさ。
でも、そのとおり。
まさしく。

うまいぐあい、
ビートルズのPiggies(ピッギーズ)も思い出しちゃったりして、
それを口ずさんで、
お嬢さんのお口に高雅なササミ料理がするすると入っていくよう
お手伝い――

Everywhere there’s lots of piggies(どこもかしこも豚でいっぱい)
Living piggy lives(みんな豚の生活を送っている)
You can see them out for dinner(豚野郎が食事しに出かけるのを見ろよ)
With their piggy wives(豚の女房を連れて)
Clutching forks and knives to eat their bacon(フォークとナイフをつかんで豚のベーコンを食うのさ)***

マザーグース調の楽しい歌で、
快いBGMを、どうぞ、お嬢さん。

In their sties with all their backing(豚小屋の中で同胞に囲まれ)
They don’t care what goes on around(まわりで何が起ころうと気にもとめない)***

まわりで何が起ころうと気にもとめない***
だって、
絶対たまたま≠ネんだから
なんたって
絶対たまたま


*マーク・ローランズ『哲学の冒険』(石塚あおい訳、筒井康隆監修、集英社インターナショナル、二〇〇四)内の記述を、あえて堅苦しくレジュメしたもの。
**Bob Dylan : LIKE A ROLLING STONE。BOB DYLAN’S GREATEST HITS(CBS/SONY inc.28DP1030)の冊子による。訳は、片桐ユズル氏の名訳をそのまま使いたかったが、必要上、雰囲気を残しながら完全に変えた。
***George Harrison : PIGGIES(?1968 by HARRISONGS LTD. Assigned for Japan to TAIYO MUSIC, INC. Authorized for sale only in Japan)。『ビートルズ全詩集(改訂版)』(内田久美子訳、発行元・潟\ニー・ミュージックパブリッシング、発売元・潟Vンコー・ミュージック、2000)による。訳も同書によったが、一部、順序を入れ替えてある。  






「ぽ」91 2005年11月

[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]