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2003年3月1日、雨の夜に



 ジャーナリストのセイモア・ハーシュSEYMOUR M. HERSHは、四月十七日の『ニューヨーカー』誌*で、イランへのアメリカの核攻撃が近いという記事を発表している。核開発が行われているというイラン中部ナタンズの施設は地下深部にあり、巨大な破壊力を持つ小型核兵器(核バンカーバスター)を使う予定だという。ブッシュ政権としては、アメリカが国際的な了解事項を破り、核兵器を使うことを辞さない実例を世界に誇示すべく、今年中に、なるべく早い段階で核兵器の実戦使用実績を作ろうとしているという。サンデー・タイムス、ワシントンポストも、ほぼ同時期にイラン攻撃の接近を報じている。イランの核開発疑惑を調査してきたカリフォルニア大学のジョージ・ヒルシュ教授は、「米連邦議会が休会中である四月末までの間に、ブッシュはイラン核攻撃を実施するだろう」と予測してもいる。
                 昨年六月までに攻撃するとの情報が元々あったが、結局はなされずに今年に持ち込まれた。いろいろな情報から、攻撃は今年の六月頃かとも推測されたが、早まる可能性も出てきたということらしい。
                 地下深部の核開発施設を破壊するための核兵器使用といっても、一旦これが使われれば、すでに世界に散っている小型核兵器の、テロリストたちによる使用への刺激となるのは論を待たない。遅速はあっても、任期中に必ず核を使用する意気込みを崩さないブッシュの一発は、世界を甚だしく変えることになるだろう。
                 アメリカの核の傘の下で慰安を貪ってきた日本人、殊に、いわゆる全共闘世代の人々が再びどのような無反応を見せてくれるかを、私はよくよく眺めていたいと思う。
                 核バンカーバスターの使用がなされないことを祈りつつ、あの愚劣で卑劣なイラク侵略の前夜に書いた小さな詩様のメモ書きをここに載せて、思い出しておきたい。ぼくらはなおも、恥ずかしいことに、あの侵略戦争への積極的協力人たる男を首相の座に置いたままでもある。

                 *http://www.newyorker.com/fact/content/articles/060417fa_fact



  2003年3月1日、雨の夜に


   (ブッシュ政権がイラクを攻撃すると言っているのを聞いている。それに反対する人たちが世界に増えたらしいとも聞いている。反対する人たちは武力に訴えずに反対表明をし続けようとしていて、ブッシュ政権はそれでも攻撃をすると言っていると聞いている。日本人はどんな時でも本気では動かないとぼくは思っている。日本では動いたら損をするという風土だから。欧米の核兵器はどうして許されたままなのかなと不快に思っていて、ああ本当の敵という言い方をするならば、どこもかしこも、ああ本当の敵ばかりで、四面楚歌というやつだな、どうしようもないな、困ったなと思いながら、それを長い副題にして、2003年3月1日の雨の今夜、 書きとめようとしている、短いこんな言葉。4日に渋谷Seco Barで開かれるPOETS AGAINST THE WARに行こうか止めようかと考えながら書きとめようとしているこんな言葉―――)


寝ている親しいひとたちの顔からは
苦労もたのしみも剥がれ落ちてしまって
ときどき
空へひらいた白い石のよう

静かだ

死んだひとたちの顔が よく
それを真似る

静かだ

ほんとうに困ってしまったときには
世界をしっかり見つめられず
目はすこし上へ
すこしだけ上へ泳ぐ
まぶたは しかめられて
まるで まぶしすぎるよう

空へ
苦労もたのしみも落としてひらく
白い石の
静かな顔 顔 顔

死んだひとたちの顔が よく
それを真似る

目はすこし上へ
すこしだけ上へ泳ぎ

まぶたは しかめられて
まるで まぶしすぎるよう

まるで まぶしすぎるよう





「ぽ」103 2006年4月

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