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宇宙の夜ふけ



水の国をぬけても
また
水の国

遠いむかしに別れたままの人と
遠い遠いむかしに別れたままの人と
そこで再会した
話すことはいくらもあるのに
その土地の最近の天候のことや
だれもよく知らぬ世界の中心の都市の
近頃のはやりの店の幾つかなどについて
ああでもない
こうでもない
と語りあって
夜ふかし

むかしもいまもかわらない
わたしたちはこうして
いちばん身近な話題をついに語りあわない
相手がだれだったのかも
ついに 本当には知らずに
また 別れていってしまうのだろう

水の国をぬけた水の国で
やはりひとりで
わたしは土手に立っていた時があった
いつも
別れと ひとりと
そればかりだったじゃないか
心に盛りあがるようだったそんな興奮が
水の国では
まったく
無意味だった

人はふいに なにかに成る
生まれるというのは
そんな時に起こるのか
わたしの体と心が
わたしからなにかを生もうとしていた
水の国で無意味だった
心のぴちゃぴちゃの興奮が
かけがえのない卵になろうとしていた

宇宙のこんな夜ふけ
まだやっている酒場はないだろうか
他人事でない
わたしだけのことについて
一度として別れたことのない話し相手に
ながながと
話す気になってきた

嫌われるのもいとわずに話す覚悟が
ようやく
できてきた気がする





「ぽ」126 2006年8月

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