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幻をみるひと
           
----根本明詩集『未明、観覧車が』ノート



1.


光のくさり


夏には
おさなごらが
歓、
と地べたをころげるのを
むこうの林の緑に 見ていたものがある
いまは
すっかり葉の落ちたコブシの木々からの
まなざしのなか
バス停の椅子に
帽子とめがねをただしくそろえ
人が
のぼっていったばかりのよう
空から垂れた光のくさりを
しずかな笑みが
まだつたいおちてくる


 夏にむこうの林から子供たちをみていたもの(人)のまなざしが、その林が木の葉をおとした今もあたりに感じられる、そんな風景のなかで、いまこの場から人が立ち去った(のぼっていった=昇天した)ばかりのように感じている。この、人=死者が「語り手」にとってだれなのかは明かされていない。前段の「見ていたもの」「まなざし」の主体に重ねれば、かっての夏に幼児たちが楽しく遊んでいるのをむこうの林の中から見守っていた人、ということになる。「夏」ということを、「今」から何年も遡って考えれば、この「おさなごら」は、「語り手」の子供時代の姿で、見ていた人は「語り手」の「父親」ではないか、という想像もできそうな気がする(もちろん見ていたものが「父親」だとはひとことも書かれても暗示されてもいないのだが、後述の「父」の登場する作品「まばゆい日」を読んだうえでいうと、そんな解釈も成立するように思える)。そのひとが、この場所からいま立ち去ったばかりのように、親しく感じられて、雲間からそそぐ陽光の淡いぬくもりが、そのひとの微笑みのようにしのばれている。「バス停の椅子に/帽子とめがねをただしくそろえ」という言葉は、白紙でこの作品を目にする読者には、どこか抽象的な情景や所作として読みとるほかないかもしれないが、語り手自身やそのひとを見知っていた読者には、別の意味を開示するのかもしれない。「バス停」は、そのひとの通勤時の様子を、「帽子と眼鏡」は、そのひとの形姿や容貌を、「ただしくそろえ」は、そのひとの性格の律儀さや神経質さ、といったことを。「光りのくさり」は、西欧では「ヤコブの梯子」(「天使の梯子」)と呼ばれる気象現象(この名前は、「創世記」23章10-12節の ヤコブが天から地上に架けられた階段を天使がのぼりおりするのを見たという夢に由来するという)をさしているように思えるけれど、「くさり」を「笑み」が「つたいおち」る、というどこか苦しげな翳りのある印象をもたらす表現に、ちょっと特異で謎めいたなかんじをうける。


まばゆい日


理不尽なビニールの管の藪を
赤黒く手が苦しむ。
その窓は
崖にあって
時折ススキを渡る黄金色の風にも晴れることなく
譫妄のまま閉じた、だろうか。

十年後のおだやかな秋を、
上流から
私が子と歩いてくるのが窓から見えるに違いない。
呵責の底、
暗い無間が明けたところには
きれいな名の川が流れていた。
水と木々に沿って
この日、
賑やかにあらそうカケスの群れや
瞑想するサギたちをスケッチした。
ちょうどその窓の下あたり
青くまたたいてカワセミが水面を打つ。
見える、
よね。
歓呼して子が
野焼き後に伸び上がる植物のように笑う。
個と類が見定めがたく織り重なる流れの淵で
まばゆい日
父よ、
灼熱の刻をそうなだめてもいい、かな。


 気持ちのいい秋の日に子供を連れて川べりの道を歩き、野鳥たちをスケッチした。そのとき崖の上に見覚えのある病院の建物が見えるのに目をとめる。そういえば、あの建物に並ぶ窓のひとつは、10年前に父が入院していたときの部屋の窓だ。。日常のなかでの、そんな偶然じみた過去との遭遇、という出来事が作品のベースになっているようにも思われる。10年前に病室のベッドで苦しい「灼熱の刻」に苛まれていた父の目に、もし10年後の「今」の息子(私)と孫の平安な一日の姿が、見えたとしたら、きっとその魂はひととき安らいだに違いない、という不可能な望みが、「私」の父にたいする「呵責」の思いの打ち消しのように、このしずかな鎮魂の思いのこめられた作品の美しい調べとなっている。

 作品「光のくさり」のなかの「ひと」が「語り手」の父親ではないか、と想像したのは、この作品のモチーフを「光のくさり」にかさねて、すかし合わせててみると、不思議な同型性に気づかされるところがあるからだ。「光のくさり」の夏(過去)と秋(今)のように、この作品でもある過去の情景(病室の父)が、現在の情景(子供と散歩した一日)と対比されていて、そのふたつの時空が想像の「父」の「まなざし」によってつながれている。この作品では、病室での父の「笑み」(灼熱の日のやすらぎ)は、そうであったにちがいないと思われるような(不可能であるがゆえの)切実な願望としてある。してみると、なぜ作品「光のくさり」の中で、「天使の梯子」とよばれるような雲間からもれる陽光(光の束)が、光の「くさり」であり、「笑み」が、そのくさりを「つたいおちてくる」と表現されなくてはならなかったのか、という理由も、そのモチーフの同型性のなかでいくばくか了解しうるようにも思えるのだった。


2.


未明、観覧車が


この夏、空にのぼりましたか
幼いものや愛しい人の手をとって
時の高みから
地や街の広がりに青やかに笑む
透明な飛翔の思いが薄れることはない

だからだろう、未明
失われて
いっさいの真紅を剥いだ観覧車が
水鳥の群れを低い雨雲のようにともなって
湾の沖を渡ることがある

それはかつて谷津の海辺で錆び立ったものだ
無数の歓呼を宙吊ったまま
陽と風に無残にさらされつづけた
閉ざされた遊園地で
鳥葬があったことだろう
埋め立てられていく水辺に
おびただしい千鳥やシギが舞って
みずからも失われつつ
観覧車を包み啼いたにちがいない

観覧車がかしぐ、暗転する火の車だ
きしみながら渡る後ろを
鳥群れが舞い降りて消えた遠浅の浜をかたどり
子供らの浮き輪や小舟、海苔を干す路地をたどって
きつい汐の香が私の夢を浅く波だたせるのだ


 錆び付いた観覧車が、水鳥の群れをひきつれて、未明の湾を渡っていく。この鮮明で寂しげなイメージは、どこからやってきたのだろう。海鳥の群れをひきつれて移動する海の巨大ないきものといえば、鯨を連想させるところがあるかもしれないし、若いひとだったら、アニメや漫画に登場する錆びついた巨人ロボットや巨人兵士が移動するシーンを思い浮かべてしまうのかもしれない。著者は、詩集の「あとがき」の前段で書いている。

「蓮の葉群れのなかに紅の蕾が突き立っている。二千年前の地層から発見された一粒の種に始まる蓮の繁茂は、時間の古層が不意に立ち現れることを示すかのようだ。コアジサシが高みから水面に鋭く落下しては舞い上がる。ここが入り江であった時代から続く営為なのだとすれば、見るものをそのまま古い風景へと遡らせることになるだろう。この池をめぐっていくつかの言葉を得たが、こうした折り畳まれた時間の襞についてのことだった気がしている。」

 ここで「この池」といわれているのが、「千葉公園の蓮池」であることが、「あとがき」の文末からわかるが、たしかにオオガハスの繁茂するさまは、その発見の事情を知っているものの多くに古代の湿原を想像させる、とはいえそうにおもう。だが、私たちは、ふつう自然の景観や、野鳥の飛翔するさまをみて、思いを古代に遡らせることはしない。オオガハスのように、その由来が前もって喧伝されていない場合、その幻影をみるような想像力はどこからやってくるのだろうか。「(コアジサシの生態が)ここが入り江であった時代から続く営為なのだとすれば、見るものをそのまま古い風景へと遡らせることになるだろう」と著者が書いているところに注意してみよう。これは、「(コアジサシの生態が)ここが入り江であった時代から続く営為だと知ったうえで、人が見れば」というより、「(コアジサシの生態が)ここが入り江であった時代から続く営為だという事実があれば、人をして見さしめる(遡らせる)」に違いない。というニュアンスに近いように思える。つまり、見る、というよりも、風景の側に、見させられる(かのような)体験について、語られているように思われるのだ。見せられた(かのような)体験を、見た体験として書くこと。あらゆる事象には、「折り畳まれた時間の襞」がある。ということを、私たちは知っている。というより、それを知らしめるものは、私たち自身が「折り畳まれた時間の襞」として存在しているからだ。私たちは自分の生きられた時間を遡るようなしかたで、事象のなかに幻影を見る。

 「未明、観覧車が」では、閉ざされた遊園地のさびれた観覧車が、未明に湾の沖を渡ることがある。といわれる。なぜ渡るのだろう。錆び立った観覧車が、「書き手」のなかの「折り畳まれた時間の襞」を開示したからだ、といえばその答えになるだろうか。「観覧車」は、ここで蓮池のなかの一輪のオオガハスの花のように突き立っている。それが「湾の沖を渡る」(ように思える)のは、時間を遡ることが動きの形象としてとらえられているからだ。オオガハスの繁茂する蓮池で、コアジサシが餌をすなどるように、「観覧車」が「おびただしい千鳥やシギ」の群れを、「低い雨雲のようにともなって」いくのはそのためだ。「未明」という時は、直接はこの幻影が、明け方にみた浅い夢のなかで「語り手」に訪れた、とうことをうけているように思える。しかしここにも、オオガハスの花が咲く直前の時刻、ということが暗示されている。朝が訪れて、オオガハスが咲く(2000年の夢からさめる)ようには、錆びついた観覧車が、失われた過去を蘇らせることはない。そういういみでは、この幻影は未明の刻にだけ、ひっそりと訪れるような、「朝」の到来を希求する不可能な夢なのだ。ちょうど、「まばゆい日」で夢みられた幻のように。


3.


 現実の風景のなかに「折り畳まれた時間の襞」(の幻影)をみること。そういう「語り手」の希求ともつかぬような心の動きが、この詩集には、頻出しているように思える。そのことはありふれた平板な現実の風景を多重化する。知る(了解する)ということが、空間を時間化することだとすれば、その時間化が、「現実」とみなされているような境界をこえて、過去のほうに越境するということが起きているように思える。これは逆に「現実」が平板でリアリティを欠いた不確かなものとして私たちの目にうつる、という実感をどこか突き崩したいといった、時代の要請する無意識にふれているところで、ある種のカタルシスとして作品を縁取っているように思える。


「バスの朝は夢の残り火みたいに幻が吹きすぎるよね
風の強い五月はことに
長者山の林など
枝葉が舞い陽光の飛沫をあげる
そこは貝塚で木の根は幾重もの魚介の骨に降りていて
深い場所で
地母や腹ごもりの土偶らが赤く沸き
木々がくるおしく振っているように見えない?」
(「思いだせないままに」より)

「数千年の塚、ほこら、鳥獣や植物のうずみの上
あちこちからそれら幻の透明な火がふきあがるなかを
バスは駅へと揺れ走るが
わたしは枯れた記憶のまま仕事のメモに覚めはじめる」
(同)


「船橋の南、ぴたぴたと海月が寄せる瀬に
スキードームが営みを終え
巨躯を廃ザウルスとして暗みうずくまるのは
天空からも見えよう
赤や黄の錆を瑞雲として織り吹きあげつつ
湾の地史をつきぬけるのが
(「廃ザウルス案内」より)


「モノレールは坂月川の渚から
生誕する舟のように林を昇り帆を張って
魚介らの一万年の地層の高みを
生ある者が
むしろかぎろい暮らす場所
しろしろと吹きよぎっていく
コンビニやマンションの背の古い海が
窓べの胎児らの手足を濡らし
弁天の駅で
競輪場への土色の皺や塩漬けた肩とは逆に
小さな渦巻きが
池へと
草をざわめかせて私を追い越していく
漆のきれや火炎のかけら
ししの土首に似たものなど
壊れたかたちの渦巻きが」
(「地母のふるえ」より)


 バスの車窓からみえる「長者山」の風景から、そこが「貝塚」であったことが連想され、さらに地中に埋もれている魚介の骨や土偶をめぐる時間の堆積ということに、思いがはせられていく。破棄されたスキードームからは、巨大な恐竜の姿と、「湾の歴史」が連想され、林のうえにかかるモノレールからは「一万年の地層の高み」が連想され、その駅のある土地からは地層にねむる土器の破片のようなものが連想される。まさにことごとく風景がその古層に遡るかのように時間化されているのだ。こういう想像力のかたちは宮沢賢治を思わせるところがあり、「市蔵という名で」は、意識的にそうした対照が描かれているところがある。


市蔵という名で

はるか、草なびく
記憶の襞を分け入って訪れたそこは
ジェット機の爆音に吹き上げられ
あやうく梁だけを震わせていると見えた。
羅須地人協会、
「下ノ畑ニ居リマス」
との賢治の白文字も
記憶の底の輝きを失い
わたしの身体の空虚をしめしてあるばかり
藻抜けか、
あてどもなく枯れた首を振りながら
北上の流れにかかると
にわかに〈詩篇〉が暗くそよぎだした、

                 いま日を横ぎる黒雲は
           侏儒や白堊のまっしろな森林のなか
            爬虫がけわしく歯をならして飛ぶ
          その氾濫の水けむりからのぼったのだ
        たれも見ていないその地質時代の林の底を
               水は濁ってどんどん流れた*1

どれほど水は流れたっぺか、
橋に雨雲が低く襲い
緑泥は視界の翳りへとあふれつづけて、
そこから翼竜のすえ
青や白、茶とサギ科の群れが血の色の眼で飛び騒ぎ
羅須やその先の時空に溶けいっている。
その
濁流の淵、
岩陰に恥じ入るような汚点があって、
泥鳥が
茣蓙を敷き
何か腐肉をつついている。

(市蔵じゃん!)*2
わたしが思わず声を上げると
夜鷹あらため市蔵が
汚れた嘴を追従笑いでもするように歪めてから
みにくい羽で顔を隠した。
〈詩篇〉には無数の翼が光り天を啓示して煌めくのに
昇華した言葉の底
何の咎めか
翳った河原で市蔵の生は
続いてきたと知れる。
(橋上で、わたしもまた手拭いで顔を隠してる)
「下の畑」って
天の高さに対応する地の獄のこと、
訪えもせず、
わたしもここに打ち上げられている。
*宮沢賢治「小岩井農場」パート四から引用。
*2同『よだかの星』でよだかが鷹に改名を迫られた名前。


 宮沢賢治の住居あとを訪ねるという旅行をしたとき、若い頃に本で読んだときのような感動を覚えることができず、満たされぬ思いのまま、帰路について北上川にかけられた橋を渡たりかけたとき、目のまえに群れる水鳥たちの風景からの連想で、不意に彼の詩の一節がよみがえった。その一節にみちびかれるように、眼前の情景は、ひととき賢治の幻視したような太古の幻ととけあったのだが、その幻影は、一羽のよだかの姿をめにすることで、「あれは賢治が物語のなかで「市蔵」と呼んだ「よだか」ではないのか」と現実にひきもどされた。そんな体験がもとになっているのかもしれない。後段で書かれている「よだか改め市蔵」への「語り手」の感情移入の理由は記されていない。ただ、自らも市蔵と同じように「顔をかくして」生き、賢治と同じように「修羅」の岸辺にうちあげられている、といったふうに書かれている。


 幻影じたいをみること、みせられてしまうことを、語り手は、どんなふうに自己了解しているのだろうか。詩集には、そのことの意味の発見をある種の高揚感とともに断言したような「時の層をもつ光の筒を」や、土地のもつ「霊性」にさえふれた「地母のふるえ」といった作品も収録されているが、そうした作品もまた、「語り手」の自己了解の振幅の一端をさししめしているだけでもあるかのように、エロスの情動に意味的にむすびあわされた作品や、ひっそりとした逆の軸にふれているような作品も収録されている。たとえば「鳥をきく」では、鳥の声によって「世界」が立ち現れ、「真のかたちがその人を包み込む」と、語られている。いずれにせよ、世界の諸相からみちびかれる幻影のなかに、世界の「真のかたち」にふれるという意味をよびこみたい、という希求が、詩をかくことへの無意識のうながしであるかのように、作品が書かれている、とはいえそうに思える。このうながしは、作者の自己倫理とふれあうところで、多くの作品に独自の風格と味わいのある陰影を刻んでいる。


声、それはもうひとつの生の姿
私は忘れ錆びた色彩の中に街を見失う
胎児のとき、何を聴いた?
でき得ればいまいちど
自身をふりほどいて
小公園で細い川としてさやぐ木々のみず音や
軋むブランコの鎖の音、幼い子の声、窓をあける老いた人のしわぶ
 きのなかに
心音を置き私の血流に世界の切れ端を映したい
(「鳥を聴く」より)

 




ARCH

根本明詩集『未明、観覧車が』(2006年11月25日発行・七月堂)






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