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めぐり逢ひて ――私の小倉百首から



  はやくよりわらはともだちに侍りける人の、としごろへてゆきあひたる、
  ほのかにて、七月十日のころ、月にきほひてかへり侍りければ。
めぐり逢ひて見しやそれとも分ぬまに雲がくれにし夜半の月影  紫式部


 あれからもう何年たったのだろうか。たけくらべのころは
遠慮というものを知らなかった。それから髪をすこし長く伸
ばし始めたときおたがいはにかんで、合せ鏡のように相手の
うちにじぶんの喜びや悲しみを見た。いじわるも仕掛けた。
仕掛けたのはいつもこっちで、けれど仕掛けられたむこうは
笑ってとりあわなかった。それがもっとくやしくて、道の真
ん中につっ立ってなみだを流しているとなみだを拭いてくれ
た。甘いものをたべておいしいおいしくないと大騒ぎをし、
おひるをラーメンにするかパスタにするかで大もめにもめた。
学校を出てから働きだして、それぞれがちがう男を選んで結
婚してから、会うことが間遠になった。おたがい忙しかった
し、ちがう街にいた。はじめは長い電話もしたけれど、仕事
で夜遅く帰ることが多くなってから、それも途絶えがちで、
やがて絶えた。あの声を忘れることはなかったけれど。それ
から何年たったのだろう。彼女がこの街に用事があって来る
と知らせてきたのは。化粧もそこそこに、待ち合せの店に行
くと、そこにあのころの彼女がいた。目尻のしわが、変わら
ない彼女の顔をすこし思い出の影がかかったように見せてい
る。こっちの顔も、相手には似たようなものに映っているこ
とだろう。話すことは山ほどあった。聞きたいことも十指に
余るほど。友達のこと、子どものこと、恩師のこと、旦那の
こと。けれど話が佳境に入るか入らないかあたりで、もう行
かなくてはならないと言う。まだ電車はあるのにと言うと、
首をふり、家にではなくこの街にある大学病院の消灯に間に
合わせるのだとうちあけた。入院なら毎日おみまいに行くよ
と言ったら、来ないでほしいからこうして会いに来た。お願
い、そこに来るなんてことかんがえないで。もうあたし、誰
にも会うことのないところに行くの。とささやいたあの夜の
声を、わたしはけっして忘れない。


(「現代詩図鑑」2009・冬号)



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