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連作「わがオデッセーから」


日野 ――わがオデッセーから3



伯父が亡くなったので
おわかれに行った
旧い「絹の街道」を
ゴトゴトと電車の箱に揺られて
押し黙って
北上した
ひくく垂れこめた空の
はるか上方に
はげしくかがやく救済の星があるというのは
本当か
幸いは迅く
たいらぎはいちばん最後にやってくる
窓からは見えない野原の
闇のさいはてまで
おびただしい光が明滅する
その
ひとつひとつが懐かしい人々のおもざしのように
濃密な闇のマッスのうちがわに揺曳し
冷たい名のみの春の
かすかな梅の匂いのなかを
幻の雪の切片が
透明な飛天のように降りてくるのだ
あの
海市のようにきらめいていた夏の日
少年の私の前で
竿のおののきののちの一瞬
躍る魚は壮年の魚籠に収められた
死者が愛した
浅川の青
夜の奥に いま
しんしんと
金の木洩れ日に暮れてゆく寝釈迦のように
沈んでゆく多摩の丘
やがて
小さな駅を出て われわれは
柑橘の色の灯をこぼす古い棲み家
「安息所」のほうへ
電話の声で幽かに告げられた
坂の角まで来ると
父の顔によく似てきた従兄が
異境からの使者のように そこに
立っていた



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