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連作「わがオデッセーから」


板橋、あるいは河の南から ――わがオデッセーから5



板橋の空は
青い
板橋はいま
揺らぐ二月のかげろうのした
遠い海市のようにきらめく
われわれは
倒立する一本の感嘆符のように
やわらかな街道に立った
歩いた
冥府のようにかがやきしずむ
幻の産道から
降り立った
板橋の青は
水をたっぷりと含む惑星の眼
めらめらとふるえる一枚の平野の
鳥肌だつ皮膚のうねりを写している
われわれのなかに揺れる

としての
一滴の宇宙
われわれもいつかまたそこへ至る
幾千の透明な鳥船を飛ばす
中心の樹の
明るいニルバーナ
板橋の中心は
火をしたう場所
われわれは
そこからかぎりなく離れてきた
そしていま そこに
かぎりなく近づこうとする
明晰な炎の形相(けいそう)のなかにある
志村一里塚
白い照り映えに満ちる金剛界を
われわれ、極微の存在は
はらみ
抱き
おののく地表をそっと踏む
やわらかな街道の
彼方に光る歩道橋を
(ふりさけみれば?)
ブッダの座す場末の台湾料理店の
腸や韮
きらびやかな装飾がおおうテラスで
われわれは
ななめにかしぎながら
北からの
深い
よろこびの突風に吹きさらされている



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