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連作「わがオデッセーから」


愉楽の時 ――わがオデッセーから6



永遠というのは奇妙なもので
永遠のなかで
最悪のかたちで救われていることだってある
光が穿つウロに満ち
街は
気泡となって
ゆらめき立っている
世界はいま
洪水の後のようにしなやかだ
眼をつむり
唖者のように
われわれはすすむ
容赦なくふりそそぐ
彼方からの光に堪えながら
日除けのパラソルの
窓の
木々がはらむ断層の
いたるところに泛ぶ
血のふくらみ
はるかに捨ててきた裸体をめざし
われわれはまた
暗い歯牙の護る金毛羊をめざして
煙草屋の角を
いままさに曲がる
春の露台の
菜の花の密集する花芯は
けだものの匂い
(渦の中心にひらく眼)
花屋の粗壁に掛けられた
麦という抽象
かすかな唸りをあげて
白い自動販売機は
瑞々しい宇宙をやどすのだ
無形の菩提樹の傘の
仄かな翳で金の斑になる
妙蓮寺門前
永遠とは時間ではない
「柳園食堂」の
カレーの皿を覗き込む
われわれは
水の刃のような明るい永遠に刺しつらぬかれている
瀰漫する湯のような青のなかを
太陽が
過ぎてゆく
炎える頭髪を持ってわれわれは
光のうちに蕩尽されてゆく
おののき透き通る一瞬の肉
(草の穂に似た彗星の尻尾?)
深い愉楽をたたえて暮れてゆく
われわれ自身である一日を
われわれは遊弋したのだ
砕け散る水晶の午後の
痛い公園で
さかんに揮発する焼酎の
火を抱いて夜へ



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