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連作「わがオデッセーから」


三井の寺 ――わがオデッセーから8



太陽と闇のあわいの
金粉にまみれて
三井はいま
春のゆらぎのなかにある
みずうみという
深くつめたい胎をやどし
原色の宇宙にむかって恍惚とひらく
塔の中心の
羯磨の眼
春隣に迫る永遠から洩れてくる
かすかな山門の光線
淡い仏頭の
粗く引かれた影のあいだを
われわれはめぐった
透明な火焔の時間がこぼれつづける
音楽は天から
まっすぐに落ちてくるのだ
いっさいを破摧し
いっさいに照らされる
みずべりでふるえ起っている
虹色の知識
ことばは恐るべき
金剛にして蜜
近江という
厖大な風の容れ物の
平野の空の明るみにむかって
われわれは走った
カラハシの
高いひびきの幻
未来から射し込んでくる
齢のない水の記憶のように
われわれのなかでいつまでも
うねるささなみのシガ
セリやフキノトウがたけだけしく香る
白く炎える街道を
われわれの車は
やがて
南へ
にぶい梨地のかがやきに沈む
朱の寧楽の
巨大な舌の裏側のような若草山が見えてきた




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