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連作「わがオデッセーから」


歓びの島 ――わがオデッセーから10



裏山に猿を聴いた
のはそらみみか
猿がふくむ
絶対的な暗黒からはげしく芽吹く四月の光
皺くちゃのけだものの影は飛んで
青空からは
還ってこない冬
おびただしい水の音のなかで
気づけばわれわれ自身が目覚めている
見えない流れに沿って
(大河に沿って?)
壮麗な花の陰に
廃墟のように光を浴びている坂上の八幡神社へ
われわれはいま
ゆらめき向かう
紺碧の風をはらむ
いまこのときが歓びの島
坂の途中の
白い「サウザン・ハウス」で金色のビールの発泡に口をつける
懐かしい死者たちがそっと集っている店内で
炎えている真昼の火
額縁のなかの
マチスの赤い飛沫を抱え
夢違えの舞殿を過ぎる
犬を飼う路地の角で目撃された
永劫の旅人であるわれわれは
春の艸を踏み
けむりのような丘の曲線を越えると
眼下に
大蛇のように横たわる
新横浜駅のまぼろしの肢体があらわれてくる



注記

板橋、あるいは河の南から わがオデッセーから5 1994/02/22
愉楽の時 同6 03/08
三井の寺 同8 03/22
白木蓮 同9 04/10
歓びの島 同10 04/11

*この連作は1994年の晩冬から春にかけて書かれた。「雪の青」「白楽までの道」は、坂井信夫個人誌「索」に、「日野」「風雨考」は、鈴木比佐雄主宰誌「コール・サック」に発表。「風雨考」のほかは拙詩集に収める。また、「わがオデッセーから」と題した連作の、これ以外のものはすべて未発表。
                   倉田記 2009/10/05



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