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冬霧の路地のほうへ ――堀川正美に捧ぐ6



三叉形のグリッドを細かに入り組ませて出来上がる茶色い町はすでに谷の底で耀う
ヤキトリの臭いのたちこめる夕ぐれの路地のほうへ曲がる
このかわたれどきの誰とも知れぬささめごとは敏感な跨線橋をこえてゆき交い
静かにつみあげられた誤差は美しいサイレンとなって日没に裂れをはしらす
煙突の梯子をのぼった男は沖天に身投げしてもう降りてこない
はごろもをのこして
変成の
あそこからここまで
熱い酒をすする謎だらけのカウンターの端から端ほどのながさだったのだ
なぜこの町の寺はみんな東に向き
なぜ寺の背後の丘に日は沈むのか
なぜ町のただひとつの街頭時計は四時をさしたままうごかないのか
いまも日輪を追って移動しているヒトカゲが見える
肩に蜥蜴のタトゥーの少女が海の街に逃げ去ると
埋立地の空にはすばらしい雲の神殿がばら色に騰がりつづける
ほんとうは
奇跡にめぐりあうなんて恐ろしいことなのだ
肉体を悲しんで音楽の林檎をわたるとき
のみほされる残生の完全な円からなお刻々と発してゆく鋭利な接線
うたげのようだとあのひとは言った
なお海を愛するとも
ヤキトリの臭いのなかにさらに迷いこむ
あたたかな一月の霧がわが口をふさぎ
葱の大理石質の白が冬の理性のようにかおりだす夜にちかく
きらめいている月のかんばせ
こうこうと惨酷に浴びる月のかんばせのひかり
透明な絢爛を鎧のように一劃ずつぬぎすててやがて自分さえぬぎすてるとき
海賊船の船長は
厳粛な神話語りのように古い絵本のうちによみがえる
わが亡霊は
ねぎまとレバ焼きの紙づつみがもつ子猫ほどのぬくもりをかかえて帰るのか
柱時計のバネが鳴る破れたふすまのある部屋へ
すりきれっちまった組紐みたいなヒエログリフを太古のゲノムのようにかぞえながら
賢者縞蛇として
いま春の大空のようにあまいいざないは流れ
ふかい嘲笑の四つ角で弓を弾きはてしなく物語りする差別者、われは。


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