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――私の小倉百首から



とまをあらみ


  題しらず
秋の田のかりほの庵のとまをあらみわがころもでは露にぬれつゝ  伝天智天皇御製

 己(おれ)がここに来てどれくらいになるか、ちょっと見当がつか
ない。川が流れるここは、見渡すかぎりの蘆原としか人は思
わないだろう。けれどこんなところでも暮らしはあり、時は
刻まれ、青空を行く雲を見上げることだってある。仲間には
小さな畑をひらいてネギをつくり、ねこを飼っているやつも
いるんだ。水は河川敷のグラウンドとか小公園の水飲み場や、
併設されている公衆トイレから汲み、人目につかないところ
で身体だって洗うんだぜ。こういう渡世で身体が臭って、シ
ャバの人間から忌まれたりしたらおおごとだ。ときどき街に
食い物を調達しに行く己たちは、蘆原にさえいられなくなる。
街にいられないからここにいるのに。己の仲間にはいろんな
やつがいるけれど、同じ数だけのいろんな過去があり、その
いろんな過去は己に言わせればお定まりの、みんな似たよう
な色をしている。聞いてもわかりきったことだから聞かない
し、言っても何をどうすることもできないので言わない。そ
れだけだ。ときどき冷たくなった躯を担架に載せられて、青
シートの小屋から粛々と運び出されてゆく者もいる。己たち
にとってもっとも怖ろしい、危険な季節は夏だ。どこにも居
場所のない若いやつらが、世界の端っこでようやく危うい居
場所を得ている己たちをこの世界から追い落とそうと、夜、
大挙してやって来るのだ。やつらは彩り鋭く大きな花火を揚
げ、夜の光にきらめくチェーンや鉄パイプを六波羅武者のよ
うに華麗にたばさみ、熱帯に棲む原色の鳥に似た哄笑の大音
声をたてながら、まるで酔ったように、頬紅を刷いたように、
上気して、己たちを凹凸のない一個の赤く濡れた肉塊という
存在になるまで、ていねいに叩きこんでゆく。そして己たち
の小屋には火が放たれる! 転がされ、針金で荒く縛られた
まま、焚き木のように燃やされる、しかし己は王。この世界
の旱天に雨を呼ぶため、高貴な犠牲として献げられる、己は
王。この世は燃えがらとなった己の治世だ。




(「tab」9号より)

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