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水をさがして 2



雲の大井のほうへあるく
ミズヒキがさかんにうごき
酒のように
ふかく匂う
鮫洲のホームでいろんな霊(もの)に追い抜かれて
ただ
ばら色の沖と
神木みたいな繁りが秋の空を刷いているのを眺める
西方の
ガンデンの寺では永遠のいまさっきから紅葉狩り
ホーロク割りの土けむりがいんいんと起っている
前(さき)の世の春の日でも舞台には
ふかく匂う酒
べしみの
金のわらしべの
乳と蜜色のひざし
あこめ、うなゐ、うちきを棄てて
うすい岩戸のかがみのかげにときわにうつしみを貼り
あの子はにげた、いたましく
螻蛄の形(なり)の
たましいとして
東海寺から品川神社まで
誰にもきこえないひちりきが鳳凰を追って行くよ
あかぐろい静脈のうねり、
華麗な蛇の文様みたいにながれ
ながれて
カヤツリグサの夜に女を泣かす
なんぼんも倒す
白磁の銚子の絵付けのなかにまたカヤツリグサ
かすかな追憶のなかにけぶる
鈴が森とも
森が崎、とも
蒼穹のねをたてる無限の風鐸のフェノメノン
の、
スダレの向うに聴いている夏の雨、
その雨の、
雨後の強烈な光を
盃をはなさずに浴びている男の貌に
黥(いれずみ)のようにいれられた公家悪のくま
手はおもいのほかに、白く
大きい
ゼームス坂のほうへ、峨々として
きんらんの玉葉のふる扉(とぼそ)へ
消えてゆく
小鷹うつ若年、は
私ではない。



(「現代詩図鑑」2008年夏号初出)

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