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アカミトリ、にっぽん語の思い出と、赫々たる道楽文芸のために、
二〇〇七年二月
水とふひかり 二十五首
春雨とはやも呼ぶべき小糠雨やさしきものを思ひ出させて
宵に入る心ゆたかに寂しきを鳴らして過ぐる街のかぜもあり
大学に中庭はさびし日暮るればなほさびしみな足早にも過ぐ
そのおもて綸子のごとき川のびて霞のなかを遠どほに伸ぶ
色の濃きつぼみ並ばせ細枝のやはらかにして若さくら立つ
春たてば魚売る店に春うをのうろこのわかきひかり満ちてゐつ
照り映えるひかり一様ならずして春日のしばし強き川面は
うつそみのわれとも思ふ暇なく梅咲く頃を街にぎやかに
大空のふと近き青に咲くもののあれば心もくさはらと呼ぶ
ものなべておもてに底にうるほひを持つ頃となりてよき酒も酌む
来む春と思へばペンも鉛筆もやはらかに泉触るるごときよ
春たてばやはらかき軸の鉛筆よ惜しみて置けばまたすぐに取る
一煎の茶を淹れるまでをながながとつらねたる所作に冬は逝きける
中州までさざなみ立ててゆく帯のひかりを見をり水とふひかり
ひと知らぬ奇跡のひとつストーヴを静かにつけてひとり居る部屋
数へるまでもなき友のなさに干魚を焼く夜も更けて春の雨降る
ひたすらに読みたしと思ふ書のいくつ背に触るるのみに逝ける冬かも
こころには小川つめたく流れをりよきものはなべて幼時に触れき
ひとたびも褒められしことなきゆゑか年少のひとを褒めること多し
家ちかくに見ること多き白猫の毛のうつくしき朝のうれしさ
歌詠むは競ふべきものにあらずして土筆わづかを採りてきて喰ふ
どこまでも独りのわが世たのしみも寂しみもなく研ぐ今日の米
ねこやなぎひとつひとつの輝きに導かれつつ通ふ図書館
とりどりの花咲かぬ季(とき)のやさしさに眠れるごとき狗児(ゑのころ)柳(やなぎ)
春夕にぽつぽつと白き毛の小房見え残りたるも佳きねこやなぎ
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