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Moonshine 12


 いつなくなるか心もとないが、早稲田大学で短歌演習の授業をまだ持っている。数年前、実作中心で進めようと思って臨んだが、いまの学生たちがあまりに短歌を読んでいないことがわかり、まずは過去の秀作を多量に読んでもらうという方針で進めてきた。毎回、三十首から五十首程度の歌を読むのだが、そのたびにさまざまな歌人の歌を選び、ワープロで打ってプリントにするので、学生よりもこちらにとって勉強にもなり、相当の労働にもなった。やってみた人ならわかるだろうが、十首選ぶには、少なくとも百首以上を見直さねば選んだ気にならない。三十首ほど選びたい場合には、数百首をくりかえし見直して、六十や七十首ほど選んでから、悩みながら数を減らしていく。このあたりの作業というのは、なかなか思い通りには進まず、やたらと時間を喰う。文芸の世界では、使用字数の多い小説こそ労力が嵩むと思い込んでいる人もいるようだが、詩歌にかかる労力も半端なものではない。
 ことしはガラリとかえて、第二文学部の短歌演習を、秀歌鑑賞と実作の二本立てにしてみた。一時間半の時間をフルに使って、第一部で三名の歌人の歌を十五首から十六首ずつ、計四十五首ほどを少し急いで読み(このための選歌やプリントづくりはもちろん新規にやり直す)、第二部では、前の週に学生が提出してきた作品を使って歌会をする。
ふつう、学生に作品を提出させる場合には、授業時間に受けとって翌週に講評したりするかたちになるが、今回はブログを作って、そこに投稿してもらうことにした。毎週教室で「勉強」する過去の歌人たちの秀歌をこちらがアップし、その後に、コメント欄を使って作品を投稿してもらう。メールや携帯メールでの投稿も可。それらの作品に、こちらがいちいちコメントを加えていくというかたち。学期末までに最低五十首を作って投稿してもらうことに決め、それで評価を行い、レポートやテストは設けないということにした。
三十人ほど学生が来ることになったが、聞いてみたら、だれひとり短歌など作ったことはない。学期末までに五十首は多過ぎるかと心配したが、いま、二週間目が過ぎる時点になって、けっこうな量の投稿がなされるようになってきた。もちろん秀作ではないのだが、四月はじめまで手を染めたこともなかった文芸形式を用いながら、たった二週間で、見よう見まねでもこれだけ作れてしまうものかと感心させられる。短歌形式というのは本当に恐ろしいもので、日本人の精神活動のなかに深くしたたかに浸透している。短歌の演習で学生に創作を課すと、このことがじつによくわかる。
ともあれ、うまく動き出してよかったと思っているところだが、四月が始まるまでの数か月、ブログなるものを使う価値があるか、どんなふうに使うか、ずいぶんと構想に時間をかけた。実際にやってみないとわからないことも多いので、抽象的に考えていても埒があかない部分が多いのだが、それでも、授業の始まるまでの間というのは、いろいろと考え込んでしまう。文芸関係の授業での学生との出会いというのは、ほぼ一期一会のようなところがあるので、望むらくは、短い期間に学生たちの潜在能力になんとか発火させたい。そういう願望を持って授業を構想していくかぎり、どうしても、ああでもない、こうでもないと悩み続けることになってしまう。正直言って、自作発表のためでもないブログを作ったり、それを運営し続けたり、コメントを書き続けるというのはかなり大変な授業外労働で、自分個人の業績遂行だけを重視する人々から見れば愚の骨頂といえるだろう。しかし、こういう時間の無駄をやってしまうのは自分のタチなので、いまさら変えるわけにもいかない。
受け持っている第二文学部の短歌演習が夕暮れの六時頃から始まるので、むかしふうに言えば「暮れ六つ」となるというところから、暮れ六つ短歌会という名を考え、さらにKUREMUTU CLUBと名づけて、これをブログのタイトルとした。URLはhttp://kuremutu.blogspot.com/。学生たちには本名もペンネームも許可し、ペンネームだからこそ書けるような思い切ったフィクション短歌づくりも勧めている。自分でも「藤原夏家」と名乗って、コメントをすることにした。これまで多くのペンネームを使ってきたが、和歌にゆかりの深い「藤原」を、一度は使ってみたかったんダ。
毎年、書いては忘れられていくシラバスの文面も、今回はここに転写して記録しておこうと思う。


【早稲田大学2009年度第二文学部(表現芸術系演習34)前期・後期】
●講義概要(前期)
 短歌を作りましょう。見よう見まねでもいいから、作ってしまいましょう。毎週作るのです。だいたい五七五七七の韻律になっていればいい。だいたい三十一音ならいい。大いにぶっ壊れていたっていい。韻律無視の短歌だっていいのです。
 気取った古めかしい表現を作るのも楽しいけれど、もともと「歌」ですからね、生活の喜怒哀楽をドカンとぶち込むのもいいのです。ここぞとばかり感傷に浸るのもいいのです。演歌を歌う人は、唸りを入れて感情を込めたりするでしょう?ポップスの歌手は、高音域に入るところで急に声をひっくり返したり、かすれさせたりするでしょう?呟くように歌ったりもするでしょう?あれを言葉と韻律だけでやろうというのが短歌です。
 下手に見えようが上手くみえようが、かまわない。なんとか短期間で、けっこう便利なこの形式に馴染んでしまおうというのが、この演習のタクラミ。いったん馴染んだら便利ですよ。携帯メールでもライトメールでも容易に送れる。携帯電話を開いて片手で満員電車の中でも作れる。気持ちや考えのメモにもなる。超短の日記にもなる。ラブレターにもなる。不治の病の時にも作りやすい。切腹や討ち入りの前には、なにはともあれ短歌でしょう。もちろん、いつのまにか日本古典文化にお近づきになってしまった気にさせてくれる、というのも大事な御利益。
 思い通りに書いたりメモしたりするのと何が違うのか。秘密は、五七五七七という形式の存在にあります。これをいかに無視しようとも壊そうとも、この形、この韻律は心の中にある。心の中で形式と対面し続ける。それが心をキリッとよそ行きにさせ、意識の中に演劇空間を作り出すのです。
 万葉集の時代からたくさんの名作や問題作が残されてきているのですから、毎週、特に近現代のものに数十首程度触れてもいきましょう。日本語で生きているのに、あれらに触れないでいるのはもったいない。日本語がいちばん見事に輝く瞬間が短歌なのです。自分でも作ってみていると、これまでの優れた短歌がいかに見事に日本語の威力を発揮させているか、実感されてきます。ひとつの歌にほれぼれとして、心から鑑賞してしまうということも、自然に起こってきます。
●講義概要(後期)
 短歌に触れる演習時間です。前期に参加しないで後期から参加するという人は、まず前期の講義概要を読んでください。ほぼ同じ姿勢で進めていきます。
 この演習でやりたいことは、ふたつ。第一に、慣れていなくても、とにかく短歌の実作を始めてしまうこと。第二に、近現代の短歌の秀作にも数百首は触れていこうということ。
 後期では、前期で採り上げなかった秀作短歌に触れていこうと思います。前期との違いはそれだけです。
 この演習は、季節的には秋から冬にあたりますが、いうまでもなく最高に日本的な季節ですね。二度と戻らぬ二〇〇九年の秋、晩秋、冬を短歌に歌い込んでみてください。うまく作れない人は、風流な気分になってお酒を味わったりしながら(和菓子やケーキでもよい)、二度と来ない今年の秋を心でつかもうとしてください。早稲田出身の先輩歌人の若山牧水は、こんな歌を残しています。「白玉の歯に染みとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけれ」。いいものでしょう?ひとり酒、哀愁、風に揺れるススキ、なんでもござれ、です。
 短歌に独自の精神というものがあるとすれば、哀れ、しみじみした気持ち、酒、充実した寂しさ…などなどという言葉に近いものかもしれません。いろいろと慌ただしく、こころ荒廃し、寒々しく、ブッソウでもある現代にあって、心はひとり、豊かにしみじみしてまいりましょう。短歌が優れた作品を残した時代は、思えば、いつも戦乱や波乱の時代でした。短歌は乱世によく似合う。われわれも、風雅に乱世してまいりましょう。
●教科書
 過去の秀作短歌については毎週プリントを配ります。
●参考文献
 短歌に関する本はすべて参考にすべきですが、便利なものは次の通り。
  『現代の短歌』(高野公彦編、講談社学術文庫)
『現代の短歌―100人の名歌集』(篠弘編、三省堂)
「現代歌人文庫」全30巻(国文社)
その他は必要に応じて教室で指示します。
●成績評価方法
@ 7月までに最低五〇首を作ってもらいます。これが単位取得最低基準。
A 内容的な出来不出来についての評価を多少はつけます。
B 参加者全員の評価を募り、最終評価に生かします。
C 短歌つくりがうまくいかない人からは、自主的に、自由詩、エッセー、批評などの随時提出も認めます。
●備考
 インターネットのメールや携帯のメールを利用したいものと思います。作品はメールで提出してもらい、それをこちらで隔週ごとに編集してSNSのホームページに出し、授業参加者の評価や感想を受ける。こんな形式を考えていますが、詳細は授業の初日に。
 いずれにしても、使用するホームページアドレスの交付、連絡用メールアドレスの交換などが必要になりますので、初日にこれらの事務を行います。また、全員に整理番号を配し、必要に応じて使用します。
●授業計画
 全30回の授業で学ぶ歌人たちを掲げておきます。ひとり十五首程度。少ないですが、時間の都合上、やむをえないところ。偏った歌風の影響を避けるため、あえて異なった歌風の歌人たちを並行して読んでいきます。もちろん、ここに挙げた人々だけが優れているというわけではありません。歌風のヴァリエーションを考え、削りに削った最低限の選択です。

1  若山牧水     寺山修司@    俵 万智
    2  斎藤茂吉@    塚本邦雄@    初井しづ枝
   3  与謝野晶子A   岡井 隆@     河野裕子
4  北原白秋     葛原妙子     山崎方代
5  正岡子規     山中千恵子    安立スハル
6  会津八一     中城ふみ子    米川千嘉子
7  窪田空穂     永井陽子     生方たつゑ
8  石川啄木     富小路禎子    大滝和子
9  土屋文明     春日井 健     松平盟子
10 吉井勇      安永蕗子     井辻朱美
11 長塚節      馬場あき子    加藤治郎
12 島木赤彦     高瀬一誌     穂村 弘
13 伊藤左千夫    石田比呂志    高野公彦
14 佐々木信綱    奥村晃作     荻原裕幸
15 釈 迢空      佐々木幸綱  香川ヒサ
16 斎藤茂吉A    寺山修司A    田谷 鋭
17 与謝野晶子A   伊藤一彦 永田和宏
18 北原白秋A    福島泰樹     稲葉京子
19 土屋文明A    小池 光      高島健一
20 佐藤佐太郎    前 登志夫     雨宮雅子
21 宮 柊二      塚本邦雄A 辺見じゅん
22 前川佐美雄    岡井 隆A     花山多佳子
23 柴生田 稔     河野愛子     阿木津 英
24 斎藤 史      藤井常世     渡辺松男
25 木俣 修      加藤克巳     辰巳泰子
26 坪野哲久     近藤芳美     石川不二子
27 五島美代子    島田修二     小中英之
28 斎藤茂吉B    浜田 到      小野茂樹
29 与謝野晶子B   築地正子     相良 宏
30 北原白秋B    岸上大作     津田治子


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