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Moonshine 14


―元少年&青年アイドル、いま中年アイドル丸裸になって云々―




 中年アイドルが深酒して、丸裸になって楽しく放吟。たしかに深夜、眠りを妨げられれば迷惑ではある。だが、人を傷つけたわけでもなければ、ものを壊したわけでもない。人を裸にしたのではなく、自分が勝手に裸になったまでのこと。これを公然猥褻罪と呼ぶから物々しくなる。法律の名づけや区分がそもそもなっていない、というところから考え直すべき。どうかしてるぞ、この国は。ひらひら舞いあがるような腰布をつけて街を闊歩しながら微妙にバッグで後ろを隠したりする少女どもをこそ公然猥褻で取り締まれ、っての。
 このアイドルのファンでもないし、彼が属している事務所の凄まじい悪評も聞いている。出演料などをふっかけてくる尊大な事務所め、今こそ攻撃すべし、とばかり、マスコミも企業もこのアイドル落としに躍起になっている様子。裏に控えている巨大新興宗教も対象になっている。海向こうの半島のトンデモ国に繋がる人々のことまで絡まってこないでもない。だが、なにが本当に起こったのかと見つめ直せば、あれほど騒いで報道に時間を割くほどのことは何も起こっていない。地デジになんか移行しないで、そのまま潰せばいいんじゃないの、民放。金ズルである大企業のただの幇間なんだから。NHKも、もちろん。国民の財産である電波帯を国から借りて、それで流している内容があれなんだから。
 それにしても、酔っ払って丸裸にもなれない大地になってしまっていたのか、ここは。われらが父母イザナギとイザナミの大胆なまぐわいがお懐かしゅうございます。公然猥褻などというが、民草一本一本の発生源となったお道具が風に揺れたからといって、なにほどのことか。お道具晒しが罪なら銭湯を廃止せよ。温泉を禁止せよ。男子トイレで男たちが並んで、いちようにお道具を振って尿滴を飛び散らかすあの侘しい様をこそ摘発せよ。そもそも、ズボンの右だの左だのにもたれ込むお道具のシルエットこそ公然猥褻と呼ばずして何だというのか。バレエのあの、滑稽きわまりない所在なげな一物のクッキリとした抑え込まれようはどうするの?――ことほど法律なるものは不徹底であり、偏向しており、『言葉と物』の序文でフーコーが言及したような奇妙奇天烈な中国的分類さながら。
 江戸時代ばかりか、明治に入ってさえ、この国の方々の村には、夫婦交換どころか、性交相手循環ともいうべき習わしが根付いていたし、会話は健康にして卑猥であり、ちょっとやそっとのことでは猥褻などという言葉の出番がないほどの逞しさであったと聞く。少年は村の中年女たちに代わる代わる手ほどきを受け、少女も処女のままでは性交可否が不明でお嫁にはいけないから、村の長や町老たちが先ず丁寧に手ほどきをする。こうして村総出で次代の成人を育成していくという睦まじい伝統があった。ついこの間までの日本風景である。どうしてそれが、ちまちました腺病質の猫っかぶりばかりの国になってしまったのか。最大の悪はキリスト教純潔主義の悪しき輸入であるという話もあるが(もちろん国民を徹底把握するための方便)、ヨーロッパで猖獗を極めたブルジョワ的猫っかぶり主義が、日本でも不当この上ないのさばり方をしたのだとは、とりあえずは言えるのだろう。
 ことあるたびに猥褻という言葉を持ち出す人々(そういえば、ヘミングウェイの小説にもそういう狂言回しが出てきていた)の存在には、根源的なアホラシさがある。性的コンプレックス保持者だけが猥褻という言葉を吐く。コンプレックスを大切に保持して一度きりの生を暗く狭くするのは勝手だが、人間は動物界の中でも最強の性的動物のはず、そもそもあなたはどこから来たの、善良なる市民さん?なのである。実存は本質に先立つ、どころか、偶然的性交が実存にも先立つ。偶然性にしか行き当たらなくなるのが怖いから(父も偶然、母も偶然)、自らの淵源を覗きこみたくはないという人々もいるだろうが、そういう幼児性の発揮も程度問題。いつまでもママのスカートの下にいたいのだろうが、そんな侘しい趣味を世界に広げようとされては困る。
 なんといっても我らニッポン人の師は、闇の中で相手の顔さえ確かめずに事に至る源氏の君なのだし、くわえて個人的に、ラブレーや西鶴や古事記やヘンリ・ミラーの性世界観こそがしっくり来るタチの者としては、なんだか近頃のニッポンというのは噴飯物で、真面目に相手にする気になれない。みみっちい、せせこましい、わびしい、ケチくさい。揃いも揃って、自ら進んで宦官になってしまっているだけのことではないか。この数百年のくだらない道徳のネジを確実に外していく作業が、最近、至るところで停滞していて嘆かわしいことこの上ないが、われわれは絶望的に絶望しませんよ。これ、石川淳の言葉を拝借。

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