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ARCH 16

                   駿河昌樹詩葉・2000年11月



なにをやっているひとか、作務衣の初老の男、忽然とそこにありて曰く、

   
〔howl poetry books+SPTTOON発刊記念朗読会『モウ戻リノキカ     ナイモノ。ソレトトモニ行ケ。行ケ。』(2000.11.10、神宮前外苑 西通りhowl the barにて)の御土産に〕



雨のなかを歩くのが、好きになった。孤立して歩く。洗われながら、
洗いながら、

下北沢へ行く道を折れ、せせらぎのある緑道を行く。
二十世紀も終わる頃、行政は暗渠のうえにせせらぎ 作ることを思いついて
その成果に沿って歩く、世紀はざまの、わたくしは
か、ら、だ(空侘、陀?)。雨に打たれて進む。

進む。
水音も雨音もひょぼひょぼ鳴る、雨降りの二十世紀、おしまいの十一月
ススキもホテイアオイも
ああ、ガマやウキヤガラ、アシさえも植えられていて
みなしっかり、秋の装い
せせらぎの水音 支える神は電力であり、原子力であろうけれど
わたくしの世田谷区の、ここは美しい
永遠はない、のだとはいえ

せせらぎはいずれ、池尻大橋まで伸びる
工事中の場所に沿いながら逸れ、沿いながら逸れ
セブンイレブンで葱味噌と梅干のおにぎりを買って店頭で食う
路上で議論する常だったデカルトさながら
生きていることのかたちのなさを相手に
雨と夕暮れの闇の深まりのなかにわたくしはすっかり
二十世紀の最後の、十一月のかたちだ
見も知らぬ、池尻大橋へ
見も知らぬ、池尻大橋へ
寄るべきところもなく見たいものもないのに、行く
見も知らぬ、池尻大橋へ

出掛け、読んでいた谷川雁、『暖色の悲劇』、「詩が
ほろんだことを知らぬ人が多い。いま書かれている作品のすべては、詩がほろんだことの
おどろきと安心、詩がうまれないことへの失望と居直りを、
詩のかたちで表現したものという袋のなかに入れてしまうことができる。もちろん、
そのなかにはある快感をさそうものがないではない。しかし、
それはついに詩ではない。
詩それ自身ではない。


そこには一つの態度の放棄がある。つまり、
この世界と数行のことばとが天秤にかけられてゆらゆらする可能性を前提する
わけにはいかなくなっているのである」。
……雁さん、
どうやら、死んだ言葉、あなた。
ついに詩ではないものたちに安寧あれ。
あなたを詩人だと呼んだ者たちは、だれだれであったか。
雁さん、
詩というものについて の、
統一理論を幻想した時代の顔。
わたくし、継がない。
宮司を失って朽ちていく、社よ。

見も知らぬ、池尻大橋へ
そうして、ゆくりなく逢着する
あかあか提灯の壁 浮かび上がる、池尻稲荷神社

雨闇のなか神社縁起をどうにか辿り境内の井戸水に薬効アリと知る
三百年来の有難い神の水であるぞよ
江戸時代街道を行く旅人達には、このあたり唯一の飲み水でもあったそうな

大社、小社にお祈りして井戸を探せばひょぼひょぼと鳴る、みたらし
奥のくらがりに説明書きを辿ればどうやら、此れ。
と、背後から「暗いねえ、もう。……読める?」
なにをやっているひとか、作務衣の初老の男、忽然とそこにありて曰く、
この湧き水を三度願い事しつつ飲めば大願成就と健康疑いなし、
われ近傍に住する者なれば、はや、三十年飲み続けたり、と。
そして、消える。


ひょぼひょぼ鳴る、みたらし
柄杓とって三度、ゆっくりと飲み下す

東京急行池尻大橋駅。
地下への降り口付近 明るいドトールコーヒーが咲いている
布村浩一*よ、池尻大橋のドトールを知るや
布村浩一よ、ここにありせば汝なにを飲まんとするや
二十世紀最後の十一月の、池尻大橋わたくし、ロイヤルミルクティーを喫せんと欲す
王室牛乳紅茶というのか牛乳入り王室風紅茶というのかどうしていつまでも
ロイヤルと冠するのか人類よ平民諸君よ

かんばしい空虚**をしばらく過ごして
地下の駅へと降りゆく
地下の駅へと降りゆく華やぎ、風、騒音、雑踏、通路のかがやき
覚えておけわが魂これらの光景
たとえわれ死の淵を歩むとも
たとえわれ来世に孤島の猟師の家に生まれるとも

そう、ここ、天国とは、いま……

詩それ自身、などない
あったこともありうることも、
ない
ウェルギリウスを寝食忘れていま、だれが読むのか
ほんとうにヴィヨンが人類のこころを支えている、のか
ボードレールもランボーも逝きに逝ってしまっただけでは、ないか
雁さん、
ついに詩ではない、と言っても


詩だ、といっても
雨の夕暮れ、池尻大橋ではおなじことなのであった。
詩と非詩はおなじだ
生きたことも生きなかったこともおなじで
われわれは堕胎された同朋たちにしずかに落ちあっていくばかりではないか
人生とはカルシュウム集結の物質的過程にすぎず
骨たちは、宇宙のひそやかな計画のために墓に貯蔵されていく
最初の最初からわれわれは
なにか巨大な計画の末の、余生であった

ついに詩ではないものたちに安寧あれ
歌われない雨、
聖化されない夕闇、
おゝ地下駅にむかう通路、
通過と消滅の同朋、
安寧あれ
ついに詩ではないものたち
詩それ自身、との妄言を逃れて
詩の生まれない、よろこばしき原初へ
詩の生まれない、
けっして生まれない、




*布村浩一:言語表現の展開・収斂のために喫茶店、コーヒー、紅茶等の日本語を極として使用し続けている詩人。近年、ドトールコーヒーという固有名詞も使用。
**かんばしい空虚:金子光晴『人間の悲劇』No.2。山之口獏宛ての詩の第四連。







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