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ARCH 39

                   駿河昌樹詩葉・2001年4月



リヴィエラまで




思いのこし
思いの、濃し
思いの、新宿から地下鉄でリヴィエラまで
都営リヴィエラ線で
カーテンひさしぶりに洗って、六月パパイヤ割ったら
王様の、あたり
景品は、また、また、六月パパイヤ
ビキニの少女たちが東京では冬に流行った。
美のためにはハダカだって平気です、と、魚も魚屋で。

思いの、腰、折って
わたくしたちはふたたび戦後である。
ひとびとはなお戦っておる。
ならば戦中である。
戦中にハーゲンダッツとはなんだ! とはいえ、抹茶がなかなかいいのである。
ラムレーズンは食べ過ぎた。思いの、
枯死、(そこからしか詩ははじまらない)、卒塔婆に
コバルトブルーを塗って供養することにもなろう、戦中ですから。
悲哀調はもうたくさんだ、たくさんだ。戦中ですから。

こころの戦い。
先祖は武家です。
殺生に生きたご先祖様を否定するつもりか?
血を吸った刀がいつもわたくしの枕元にはあります。
宝刀であります。
ひとは殺さないに限る。
できうるかぎりは。
できうるかぎりは。
しかし人類でございますのでね。
しかし生類でございますのでね。
宝刀であります。
そのための。
六月パパイヤも切りましたが、これは
ひとを切るためのもの。

都営リヴィエラ線が海ぞいに出る頃
わたくしは窓ごしに波のかがやきを見つめる
できうるかぎりは。
できうるかぎりは。
わたくしのからだの奥で
死後に白く乾く計画を骨が立てている。

もう少し待つがいいさ。
出番を待つのも
宇宙ではたいせつ。







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