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たまたま置かれる場のいずこをも ここ にしてしまうために

 おもしろきこともなき世をおもしろく(高杉晋作)



わたし、これです

と示せるものがないので
ひとに会うときなどビビッてしまう

もにょもにょしてしまうし
くにゃくにゃしてしまうし
にゃまにゃましてしまう

もう何十年も地上に滞在しているのにぜんぜん慣れない

どうしてひとびとはあんなに自信ありげなのかわからない

ほんとうはからっぽに見えるあのひとたち
でも自信ありげ

わたしもからっぽ
で 自信なさげ

どっちかというと
自信ありげのほうが得だと思うけど
そう振舞えないのは
生まれつきというものなのかもしれない

せめて趣味でも
あったらいいんだよな ほんとに
いろいろとやってはみた
どれもおもしろくなくはない
どれも続けてやりたいほどじゃない

なんかおもしろいものないかなと
きょろきょろしている
暇つぶしになりそうなものはけっこうあるけど
ほんとうにおもしろいものなんてない

からだを持たされているのさえつらいのだから
起きてから寝るまでのすべてがほんとうはつらい
どうすればエンジョイとかできるのか
知れたらいいんだろうけれど身につかない

まちがえて乗った長距離飛行機のようなもの、じんせい

途中で降りることなどできずに
なにかにほんとうに集中することもできずに
なんとなく定位置に就いてやりすごさねばならない

そもそもこんな飛行機には乗りたくなかったし
こんな狭い不便なイスに座っていたくはないし

だから
生きがいとか
世のため人のためとか
なにかを極めるとか


とか

そんなこと言われても
もとのもとから
ずれちゃってるんだよね

飛行機をまちがえちゃったばかりか
乗るべき空港とかもまちがっちゃったかも

そもそも
乗る
っていう考えが
まちがってたかも

こんなことを言うと
なに偏屈なこと言ってんだって怒られそう

でも
ひとびとが楽しんで出かけるあのコンサートも
並んでまで見る映画も
混雑を耐えて見に行く美術展も
ほんとうはなにひとつ
わたし
楽しくなかった

そりゃあ
教室でつまらない授業を聞いてるよりかはいい
騒音はげしい工場で長時間働いているよりいい
でもそれだけのことで
けっきょくは比べた上での逃げだったと思う

外国をめぐって過した青春時代も
読みまくった書籍の数々も
憑かれたように見た映画も
おもしろいすごいすばらしいといい続けた音楽も
楽しいかのように続けた交際もパーティーも

ほんとはぜんぜん

ほんとはぜんぜん

ほかのことよりはよかった
というだけ

ただ
それだけ

人生のよろこびを知りえなかった
あわれなひとだったのだと言ってくれていいです

けれど
ひとびとが楽しいと誉めそやすものの
砂を噛むようなつまらなさ

おもて向きだけ
ニタニタしてつきあっている
あのつまらなさ

どうしてわたしの心にだけ
そんなものがあるのか
なにより
わたし自身が知ってなんとかしたいと思ってきた

でも

もうだめです

つまらなすぎる

ほんとうに

この世

この時代

この国は

つまらなすぎる

   ―――――――――――――――――――――――――

ここまで書いてきて
思う。

つまらないと言えることは
それだけも
救いではないかと。

つまらないなどと洩らすことも
できない
気分の凝結というものがあって
それが
昭和末期から平成の
日本の精神だったといえないか。

大げさ?

まあ、いい。

そう言えても
言えなくても
そんなふうなものが
このわたしの精神ではあった。

たぶん
どこにだか逞しさがあったおかげで持ちこたえた
気の遠くなるような
この世への無意味さ感覚

あらゆるひとびとのカツドウが
どんくさい田舎芝居としか
どうしても見えない
わたしの意識や心という
このどうしようもなく強烈な偏向装置

ああ
わたしはこれと一生戦い続けてきたのだ
ほんとうにこれだけを一生相手にして
こいつの息の根をなんとか止めようと
苦闘してきた

それだってくだらないこと

それを言うのだって
くだらないこと

   ―――――――――――――――――――――――――

    (そして引用

 自分の言葉だけでは言い得ないものごとの在り処を想定させるために

 引用とは立体化の意志である

 三点測量の最後の一点

 そもそも引用の粗い坩堝であるにすぎないジブンノ言語表現を
 あたかも第一言語資料であるかのようにするために)



父の兄弟のうち四番目にあたるジョゼフは、パリに出て図書館に籠もった。末弟として受け取れるわずかな額ではあったが、彼には毎年、四百十六リーヴルが送金された。本にかこまれたまま、ひとに知られることなく過ぎた人生。歴史研究に没頭していた。元日にだけは、毎年、母親に手紙を書き送ったが、その短かった生涯のあいだ、彼が唯一示した生の証しが、それだった。
         シャトーブリアン『墓のかなたからの回想』第一巻第一章




(引用はつよい

 切り出されてきて置かれた石

 それは場を無視し

 同時に場と緊密に結びあう

 ひとが書くのはなぜか

 いずれ引用されるかもしれないゆえに

 書かれた時のあらゆる文脈を無視し蹂躙して

 放射能物質として

 たまたま置かれる場のいずこをも

 ここ

 にしてしまうために)





「ぽ」183 2007年6月

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