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停止者は排除さえしない



浅い父から最も若い芽は伸びていたのだろう

クロッカスの花壇に
胡麻塩柄の長蛇がふたたび潜り込んでいくのを見ていたが
大事なことを思いついて
婚約者さえも花壇の淵に置いてきてしまった

盥にいつも青空が映るとはかぎらない
夕立が虹色をともなって日の出前から迫ってくることもあるのだ

忘れてきたのは舟だったと
われわれ永遠の子らは思いやすい
最も若い芽がじつは
われわれではなかったかもしれないのに
それをこそ忘れてきたというのに

土に半ば埋まった鍵がなにかに気づくよう促しているようで
心はまた逸れようとする
強いられた物語から
たまたま手じかにあっただけの眼鏡の数々から
(それらを人生とも現実とも世界とも呼ぶ鈍感な風習よ…)

おお、心をも織る光と時の無数の糸の寄り集まり

鳥瞰などついにありえないと知る宇宙飛行士も
韻を踏みながら強いられた花壇の縁をよろよろと辿っていく
むこうには緑の濃い木々が並んで
草原とこちらのほうとを区切っているが

時代とはようするに調子から別の調子への推移にすぎない

思いあがりの過ぎた蝉たちが名誉の幹にしがみついて鳴いている

エメラルドのような目を持つ蜥蜴たちなら
楡の葉の揺れやまぬ胸腔の壁にしか現われなくなった

滅びとは夏の来ない地方の明け方のことではないか

大きなフランス窓を開けずに望む青い湖と
背後にある室内の籠もった空気と
幼稚園での最初の先生が使っていたクリームの香りとの
いつまでも衰えることがない関係から
次の春はいつも身を擡げようとする

無視しようと努めたのだろうが努めた以上は無視ではなかった
必要があったからではなく
なにかを指先に持ちたかったからこその
ペンの数々

わかっていた 無だった 道なく
…まだある指たちの使い道

限定語法はおそらく堅い球根である
水ではなく冷たく溶けた重い金属の液体を日々注げば
見たこともないようなグリーンと紫と明るい赤の茎が伸びるだろう

茎はすべて父

父はわれわれより生まれ
われわれを準備するために犬死していく機能の影

これまで序章にもいたっていなかった

海をumiと呼んできた者たちと別のほうを向き
ひとつの徹底的な停止を実現してみよう

発声を分節化して箱庭づくりに精出してきた子供たちを
停止者は排除さえしない

数百年間隔のコマ送りで地上を眺める目しかないわれわれは
奇妙なことに浅い父から伸びる若い芽が
われわれの中性器の穴の中に入り込んでいくのを見る

遠い果敢ない人に送る葉書のように
配達記録さえ取っておこうとしないものに体がなっているというのに
とりどりの種類の並んだレジ前の小さな菓子類のように
気まぐれに好きなものをすぐに選べるどころか
なくてもかまわなくなっている
心や精神や魂のように





「ぽ」200 2007年9月

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