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(うるうるうる)、と老い…



           覚えのある旗から蓮池の隣りの田まで、
              ヤマキの軽自動車に添うようで、

         逝く。ぬるぬると、四五ヶ月ほどの双子の
          尻の蒙古班の畔、木陰に憩う路面電車の

            行き先表示を巻く。うるうるうると
           近づいてくる、未だ遠い白帆の二三と

              文旦、初夏、甘夏蜜柑。途惑い、
            いつも香しげに、架空の至高の女体、

               頬っぺたなんかにくっつけて、
              あれあれ、防波堤の片袖もいで

              丸めて、捨てないままの、遥か
             青麦の原の白雲の、移り逝く密か

            音たてず(もちろん…)積もる埃の
           一粒ほどは、きっと、あの人の灰なの。

           ああ、捨てたい皿がありまする。今生
           最後の祈りを込めたシリコン製微細毛

          埋め込んで生やしたい顎毛、(髯でなく)、
        震える(早くも…)。 とはいえ、幻でしかなく

         整理せず、投げ込んである色恋の魚籠から、
           七月の若柳色の情交の海、薄青い貝殻、

         血の色にもっとも遠い、カラー便箋の一枚、
          とうとう買わなかった三連リングの悔い、

         岩礁の蒼空の下つぶやかなかった幾つかの
      言葉、恥ずかしくて、プラスチク* って、いいの、

        いやなの、泣く、咬む、舐める、でも、無い
        逃げ場。《今》《此処》に骨を埋めるがよい!

         そう叫んで黙っちゃったのよね。もし心に
          かたちなき、見えない骨があって虚空に

      埋めることができるのなら、田に向かうヤマキの
     軽自動車の荷台に乗っていってもよかったし、あの

    蒙古班の木陰に憩い、初夏の汁を、(戸惑い)、遠い…
     白帆の二三を見ながら、(うるうるうる)、と老い…





                                           *プラスチク〜誤表記ではない





「ぽ」225 2007年12月

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