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挨拶 *1
心の旅路など、ない。(マイスター・エックハルト)
あしたの今ごろは ぼくは汽車のなか *2
ああそうなの、
おしんこ食べちゃうわよ と
シンコちゃんは言って
定食屋のテレビの下の席でぼくのもつ煮定食のおしんこに箸をのばす
ほんとうに愛していたとはいえない
シンコちゃんと寝るのは簡単だったから
こいびとを装ってぼくはたびたび会っただけだったかもしれない
ほんとうのことを言おうか *3
これでいいのかだめなのか *4
生きるべきか 死ぬべきか *5
だが 無と死とはまったくちがう別のものなのだ *6
春の勢いに負けたんだと思う *7
警察はすでに
熱海にむけて出発したらしい *8
ここにある時間は、いったいどこに経っていくのか
秋は、とっくに事を終わらせてしまっていて
ぼくに戦慄なんかしない
白髪は死の花
ゆっくりと、腰を上げる *9
ゆっくりと何もかもが失われていくというのが人生の通則なのですから *10
存在はすべて悲しい *11
現象は過ぎ去る。ぼくは法則を求める。 *12
過去とは、おそらく
人間が過去について考えている瞬間にすぎない *13
のか
問題は
言葉とおれとどっちが主人かってことなんだ *14
考えてもだめなんだ *15
行くところがわからないほど
崇麗なものはないだろう
すべて偶然の信託によるべきだ
ゴマと火と塩とヴィーナスの
先見にたよるばかりだ *16
自分自身を、
よりはかない、うつろいゆくものに
しよう *17
形式以前に
ぼくの声はなかったのだから *18
註
* 1 マラルメ『挨拶』
* 2 チューリップ『心の旅』より
* 3 谷川俊太郎がおもしろかった頃の詩より
* 4 いわずとしれた、『ハムレット』のある訳より
* 5 いわずとしれた、『ハムレット』の別の訳より
* 6 いわずとしれた、『ハムレット』の他の訳より
* 7 吉本ばなな『パイナップリン』より
* 8 藤井貞和の詩より
* 9 北村太郎『ベンチにて』より
* 10 H・P・ラブクラフトの言葉より
* 11 西脇順三郎『第三の神話』より
* 12 イジドール・デュカス(ロートレアモン)の言葉より
* 13 ボルヘスの言葉より
* 14 ルイス・キャロルによるハンプティ・ダンプティの言葉より
* 15 西脇順三郎『梵』より
* 16 西脇順三郎『生物の夏』より
* 17 ウイリアム・S・バロウズ『ウエスタンランド』より
* 18 長谷川櫂の言葉より
「ぽ」80 2004年11月
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