[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]


(のはあなた、ね)
         ――幻想画画家の友人のための発想メモ




爪切りを精確に買ってきてね
パリの薔薇色の驟雨を駆け抜け
温くなっていくコーヒーと
声を嗄らしていく鶺鴒と
あなたの命の純金の鍍金の剥がれ具合を
仄かに慎ましやかに
競って

首切り草と名づけた(のはあなた、ね)植物に
毎日お水をやって跳ね除けていく
うるわしい軍部のお誘いに たまには
出かけたりもして
出かけなかったりもして
抱いて。大噴水の大理石の縁で
時代錯誤に一輪の薔薇など指先から落として。
老いた将軍たちにはやさしく会釈を送り
若い士官たちには希望を持たせて、わたし、
六月のように水音の感情を生むから
そうして早くも、秋 ―――
終わりを急ぐ人々の群れを逸れて
上った山の中腹から滅びの様を見て居りましょう
さようなら、人類
首切り草と名づけた(のはあなた、ね)植物に
山のその辺りでわたしたち囲まれ
うっとりと抱擁を続けながら朽ちていくまで
すとん、すとん、と鳴る首切り草の群生の
鉄錆の香りにあなたの体の香り混ぜて
すとん、すとん、と呻くわたしの
来世もしっかりと摘んでね、骨ばった
白い壊れそうな指、大切なあなたの指で
大都市が葉巻の最後の葉の上に燃え尽きるまで
じりじりと身を焦がし捩って、ああ、
爪切りを精確に買ってきてね それまで






「ぽ」89 2005年9月

[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]