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ない境目の



じぶんかわいさに
沈黙したり
饒舌になったり

人というのはそんなふうに見える

じぶんかわいさに
着飾ったり
なにか拵えたり

世界は混乱しているのか
秩序立っているのか

考えない葦のように揺れに揺れて
なにが起ころうともすぐに忘れ去る
忘れ去れる人々
健やかな忘却の胃か
人の世を本当に支配しているのは

どこへ向かって生きよう
だれの目にこそ見られるべき?
じぶんかわいさに
言い寄ってくる人々の目
にではない
考えない葦のように揺れに揺れて
忘れ去れる人々の目
にでは

コップに水を汲み
飲み込む前に
水面がやわらかく揺れるのを
見る
そんなことこそが
じつは
わたくしの生の実質
わたくしに世界はない
混乱だって
秩序だってない

コップだって
ほんとうはない
水だって
ほんとうは

やわらかく揺れる水面が見えていて
そんなことだけが
じつは
わたくしの生の実質
ないコップの中で揺れている
水面
ない水と
ない大気の

そう、

ない境目の
揺れの

やわらか





「ぽ」110 2006年7月

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