[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]


仲睦まじい男女



仲睦まじい男女
手を握りあって、穏やかにしゃべっている
しかし、
四十センチほどは口と口が離れている
当然といえば当然
口と口をつけたままで話すことはできない
口を相手の耳につけたままで話すこともできない
会話は距離を必要とする
どんなに愛していても四十センチほどの
距離
どんなに接触しあっていても
話す時には四十センチほどの距離
話すことが近接を禁じる
禁じられる近接によって成り立つ会話
その会話でしか伝えられない情愛
によってでしか繋がっていられないふたり
だったならば時時の近接不能によってこそ繋がっているふたり
繋がり続けるために時時の近接不能を必要とするふたり

近接
接触
同居
連絡
情愛
これらが繋がっているということか
繋がってどうするのか
なにが繋がるのか
繋がっているように見えて繋がっていないのはなにか
繋がっているように見えるだけでもいいと思うのはなぜか

わたし + わたし で わたしたち へ
わたし + わたし → わたしたち へ
わたし + わたし = わたしたち へ

運動

わたし は 結局 「たち」が欲しいのだろうか

それだけかもしれない
それだけかもしれない

もう少し進めよう
わたし は 「わたし」なしに「たち」になれるだろうか

たち  と自称する

たち! と!





わたしはある晩
混んだ電車の中で仲睦まじい若いふたりを見た
わたしの目の前で
彼らは四十センチほど顔を話して
穏やかに話していた
片手と片手を腰のあたりで握りあっていた
四十センチほど顔を話して穏やかに語りあえる男女は
もちろん深い関係にある

わたしは見詰めはしなかったが
若い女の横顔は
わたしの目の前にあった
十五センチもなかった
男よりも
わたしの顔は彼女の顔に近接していた
女の口に
男の口よりも
わたしの口が近かった
女の耳が目の前にあった
女の横顔は十センチのところにあった
見知らぬ女
他の男の女
美しい顔立ちの女
しかし特別に興味がわくわけでもない女
の顔





「ぽ」123 2006年8月

[ NEXT ][ BACK ][ TOP ][ INDEX ]