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拠らず、寄らず



失われ

……、気づかなかったのだけど
音、
すぐに、“波の ”とか、“ 風の”とか、
思い加えてしまいそうになりながら、留まって、
すぐに見つかる言葉に拠らず、寄らず
見えないままでいいから、
いいのだから、
でも、
“ 見えないもの”にも拠らず、寄らず

まずしく寂しいものから
逃げ過ぎてきちゃった、でしょ?
ひかりなら
うつろなものでも追って
むりにも分けて、闇をそぎ落とし
ひかりのほうへ
にじり寄って来ちゃった、でしょ?

きのうときょう
はじめての場所に行って立っていた
はじめて
風景と音と空気とが構成されずにあった
散ったまま
空は青く 夜景には灯が散っていたかもしれないけれど
空を青いと言いたい気持ちや 夜景には灯が…と言いたい気持ちが
その場所に立った後 こころには作られなかった

なにが起こったのだろう?
以来、開く本という本はただ白紙ばかり
スクリーンもテレビもただ白いばかり
スピーカーからは白いこまやかな雑音が漏れてくるばかり
どこを訪ねても水色っぽいひろがりがあるばかり
会うひと 会うひと
あわい色のマーブルのような顔やからだで
微笑んでいるらしい時でも
くちびるのわきの皺がまったく見えない

目にも耳にも言葉にも拠れない、寄れない、ところへ来た、のね
失われ、
と字を並べても、喪失を意味しないこころが
別様の字ならべを
はじめている





「ぽ」136 2006年8月

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