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流れる といつまでも言う



この先に滝があって
そこで終わる 色のない川の水のやわらか
欲望に棄てられた男だから ぼくは
方途にも棄てられて
色のない
水のやわらか
あの本を読みたい読まなくちゃな とか
あの映画もあの国も とか
どうでもいいとわかっているのに思いだけは まだ
ちょろちょろ
火葬場で見た幾つかの頭骨のうらに
記憶のありかはなかった
なかったな と
もう本も買わないし映画案内も見ない

まったく情熱がないからだの舟を
漕ぐでもなく棄てるでもなく
すっかり寝っ転がってしまうでもなく
水面を見つめたり
雲のゆくえを眺めたり

今という今にすべきことがわからなくて
滝までの距離を気にしてばかり
けっきょく滝までの
刻々の距離を気にし続けただけの川下りだったと
思うことになるのか
仕舞いは

水面はこのあたり
いくらか盛りあがるようにしずかで
雲と空のさかいを映している
すばらしい深みの上に来ているのだろうに
その深みにも身を潜らせずにゆく
川下りの御仕舞いまでどのくらいか と流れる
深みも水面のしずまりもそのままに
思いのみが 流れる
雲も空もあんなにうつくしいのに
思いのみが 流れる
じっと見つめていることもできず
われを忘れることもできず
思いのみが 流れる
どうしたらいいかわからないまま
思いのみが 流れる
今を生きるなんて 一度だってできないまま
思いのみが 流れる
どうにかしてくれ と言いたくても言っても
言わなくても 流れる
思いのみが 流れる
おお神よ 流れる
神よあなたも思い で 流れる
永遠 も 刹那 も 流れる
いつまでも も 絶対 も 流れる
川の思い出も 流れる

そうして仏教徒のように
流れるままでいい などと思えないままで
流れる
どう思おうと 流れる
なにを信じようと求めようと
持っていたもの持ちたかったもの
流れる
流れる 流れる 流れる

……舟の上だ、いま
流れている と知っている
流れている のを感じている
流れなくなる のか いつか と 流れる
流れなくなる として
それで どうだというのか と 流れる

流れる 流れる 流れる
流れる と言う
流れる と言う
流れる と言う
流れる といつまでも 言う






                        *桐田真輔氏のネット上詩誌『リタ』に掲載された詩篇に変更を加えた。





「ぽ」146 2006年9月

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