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ぼくのほうだって、さ



会いたいひとがいない早春の浜から
干上がった海草の切れはし(なんぞ)を(な)

ざわ、さわ、
 ざわ、
    さわ、

引き摺って国道に上った
日向太郎くん
ゆくえは知れず
ゆくえを探さず

         ……ぼくはこんなふうに書き出しながら

きみの名前を口の中で
なんだかモッコリとした感じで
くり返してみる

ひゅう、が、たろう、くん、

ひゅ〜が、たろ〜、く〜ん、

会いたいひとがいないと
よく言っていたきみが
 (あの頃、どうしてなんども会ったのだろうね、
   ぼくらは。
    会いたいひとではなかったはずの、
     ぼくに、
      きみは会ってくれていて、)
ぼくには会っていたりした
きみの引き摺っていく
干上がった海草が
砂の上のいろんなゴミにあたる音
アスファルトに摺れる音

きみの顔も
声も
細かくは覚えていなくって
じつをいえば干上がった海草の音も
そんなに覚えていないのだけど
でも雰囲気は消えない
きみが歩いていて
きみの手の先に干上がった海草があるという
雰囲気

ぼくが言いたいのは
今 それだけ

(きみに会いたかったわけでもないんだ、ぼくだって)

とは
言わない
書くだけ
カッコをつけて
書き記すだけ

きみに届かないように
こんなところで

きらいではない
いやでもない
でも

(会いたかったわけでもないんだ、ぼくのほうだって、さ)





「ぽ」147 2006年9月

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