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ARCH 89

      駿河 昌樹 文葉 二〇〇八年十二月
        トロワ・テ、Trois thes。仏語で「三杯の茶」。筆者居住の三軒茶屋は三茶と略称される。
        すなわち、トロワテ。ひたすら、益体もない文章のために。




本人限定受取郵便物等(特伝型)にまつわる違法性について


              「本人限定受取郵便物等(特伝型)の到着のお知らせ」というのが郵便局から、いや、郵便事業株式会社から届いた。内容物はクレジットカード、たいして使用する機会があるとは思えないものの、加入費は無料、加入するだけでネット上の買い物やサービスが便利になるということから申し込んだものだ。
 以前ならば、配達人が手渡ししてくれて、所定欄にサインしたり押印すれば済んだ。ところが今回のものは違う。
 まず「本人限定受取郵便物等(特伝型)の到着のお知らせ」という速達が届く。中に入っている書面には、本人限定受取郵便物等(特伝型)なるものが郵便事業株式会社の当支店に届いたので、郵便事業株式会社へ電話し都合のよい配達日時を指定せよ、郵便局ではこの郵便物は渡すことはできない、また、家への配達時にも本人以外は受け取ることはできない、云々と書いてある。これはまた面倒になったものだと思いながら、説明をたどる。こういう取引の発生する根拠について、書面の下の方にいくらか書かれている。「平成二十年三月一日に『犯罪による収益の移転防止に関する法律』が施行され、同法で規定する特定事業者(金融機関等)に対しては、厳格な本人確認等の実施義務が課せられています。特定事項伝達型本人限定受取郵便物は、その配達・交付時に同法が特定事業者に課している本人確認を特定事業者に代わって実施し、確認の結果を郵便物の差出人様に情報伝達するためのサービスです」云々。
 こういうものが届いても、すぐに時間を指定して告げられるほど暇ではない。実施までに揺れ動き続ける予定も多いため、二、三時間ほど家に拘束されるのが可能な日など、なかなか決められない。たとえば十四時から十七時まで拘束されるとなると、少なくとも十二時頃から二十時頃までの行動予定のすべてに影響が波及する。その八時間の行動予定に影響が出るということは、前日や翌日にも大小の影響が出るということになる。配達人の苦労もわかるし、設定時間に幅を持たせようという発想には基本的に賛成するが、東京周辺で生活する多くの現代人は、三時間ほどの幅で時間拘束されうるほど暇ではないというのが大勢なのではないだろうか。  なんとか予定を調整し、都合をつけて日時を決め、郵便事業株式会社に電話した。書面の指示通りに日時指定をしたが、この電話でのやりとりの面倒くささとこれにかかる時間が半端ではない。日時指定だけでは済まず、差出人の正確な名前の読み上げから始まり、保管期間の確認、受取人の正確な住所と名前と電話番号をいちいち読みあげねばならない。ところがそれだけに留まらず、配達人が届けに来た時に提示する「本人確認資料」として、「パスポート、運転免許証、写真付き住民基本台帳カード、外国人登録証明書、官公庁の身分証明証で写真付きのもの、健康保険、国民健康保険又は船員保険等の被保険者証、共済組合員証、国民年金証、年金手帳、公の機関が発行した資格証明書で写真付きのもの(療育手帳、身体障害者手帳)」のうち何を選ぶかを前もって指定せねばならず、さらにはその提示書類の番号や期限などまで伝えねばならないのだ。
 ずいぶん面倒になっちゃいましたね、と電話に出た係の女性に言うと、そうなんですよオ、と向こうも困っているらしい応対をする。事務的なことが嫌いですぐに切れる人々も多いだろうし、滑舌の悪い人や反応の鈍くなりがちな老人を相手に電話応対するのは、たしかに楽な仕事とはいえまい。しかも、業務のこうした煩雑化が給料アップに結びつくことは少ない。
 電話で必要事項を伝達し終えるのに、だいたい数分はかかる。健康保険証を配達時に提示することにしたが、まさかその番号まであらかじめ電話口で読みあげねばならないとは思っていなかったので、あわてて保険証を電話口まで持ってくる必要が生じ、そこで数十秒は経った。こういったことが、事務に疎いタイプの人たちや老人や外国人にスムーズに運べるわけがない。しかも、日時指定のこの際に電話口で指定した「本人確認資料」以外は、配達時に使用するわけにはいかないという。健康保険証を提示すると告げておいた場合、そのかわりに急に運転免許証を提示するといった変更ができないのだ。ふつうの生活感覚からすれば、愚かといってよい事務独善主義の独走である。最近、生活感覚や現場での便宜性への配慮を極端に欠いた事務センスで作られた規制やサービスに出会うことが多いが、これもその一例といってよい。
 今回の「本人限定受取郵便物等(特伝型)」における「本人確認資料」提示の問題点は、こうした煩雑さの増加のみに留まらない。公の機関でもない金融機関にむけて個人情報の提示を強要しているという点において、明白な違法行為が、他ならぬ『犯罪による収益の移転防止に関する法律』に基づいて構造的に発生するようになってしまっている。極端なまでに個人情報提示を控えねばならない時代になっているにもかかわらず、なぜカード会社や代行業務者である郵便事業株式会社にむけて、本来提示の必要でない身分証明書のデータを提示しなければならないのか。これらの会社はそうしたデータを他には転用しないと明言するにしても、受取人の側としては、これらの会社に対してそうした転用禁止を約束する保証書を要求する権利があるべきはずである。そうでなければ、差出人・代行人と受取人のあいだには、情報における権利上の不平等が発生することになる。
 注意や批判を怠っていると、様々な分野で個人が不利益や不自由を蒙るような管理社会化が凄まじい速さで進行している。ついこの前までは、自分にはかかわりがないから、とのんびりしていられたのが、いつのまにか、巻き込まれるようになってしまっている。だれひとり、部外者はいないといっていいほど、国家や大資本による強力な囲い込みが企てられている。国家や大資本といっても、その内部には無数のミクロな権力闘争が発生しており、大雑把な「敵」の把握のしかたでは通用しなくなっている。銀行での送金金額の上限設定を国民は何事でもないかのように受け入れたようだが、犯罪防止とは謳われているものの、個人レベルの経済活動の基本であるマネー移動に、あそこまで国家権力によって踏み込まれるのはおかしい。マネーにはそもそもの基本性質として良くも悪くも匿名性という属性があり、これまでの経済世界はそれをもとにして動いて来ている。その匿名性を排除するような構造づくりには、国際的な犯罪抑止の意図以前に、個人とマネーに関わる情報を集約管理しようとする意思を読み取るべきである。
 誰でもわかるように、国家権力はニュートラルなものではなく、例外なく特定の大資本や金融軍事権力に操作されている当座権力である。国家の打ち出してくる措置や規制に唯唯諾諾としたがっているばかりでは、国際社会の偏向を容認することになる。常識に属することだが、権利論においては、権利の主張や維持に自ら努めない者は怠惰であるとの責めを甘受しなければならない。黙っていれば権利は守られるというのは、フランス革命とアメリカ革命以来の近代国家においては本来存在しない事態である。
 配達に来た郵便事業株式会社の職員さんに、今回の「本人限定受取郵便物等(特伝型)」における個人情報提示の違法性を話しておいた。こういう問題を扱う立場の人ではないし、忙しい業務中の身だから、少しだけ話すに留めようと思ったのだが、似たようなことを言ってくる人が多いそうで、彼自身も興味を持っているようだった。ほんの少し長めの話をすることになった。
 健康保険証を提示し、郵便物を受け取って一段落と思ったら、小さな印字物に印鑑かサインをもらいたいというので、郵便事業株式会社から来た「本人限定受取郵便物等(特伝型)の到着のお知らせ」という書面を見せて注意を促した。そこには、「配達時にご提示いただく本人確認資料の名称、記号番号及び生年月日等を確認させていただきますので、お手元に『本人確認資料』と、『お受取り上のご注意事項』をご準備願います」と明記されている。ほら、ここに、押印やサインの必要は書かれていませんよね。いったん、事業者が個人情報の提示を求めたりし始めると、こういう点がいちいち引っかかるようになってくるんですよ、この書面によれば押印やサインの義務は配達時にないことになりますからね、と話すと、はじめて気づいたように、なるほど、と言った。たかが郵便の受け取りとはいえ、あと先考えずに押印したりサインする人たちがいかに多いか、また、それを当然と考えて業務をしている場合がいかに多いかということがわかる。それが悪いというのでなく、日常生活のいちいちは、その程度で済むものであってもらいたい。だからこそ、生産的でない新たな規制には批判的でなければならないと思うのだ。
 これまで問題の生じたことがなかった宅急便業務における料金代引を総務省は為替と見なし、販売者へ購入者が直接支払っていないという現在のあり方を違法と判断して、禁止する方向に動いているのは周知の事実である。これといった問題もなく機能してきたこうした生活慣例に奇妙な規制の網をかける傾向が、昨今、ふたたび増してきている。煩雑化した情報社会の避け得ぬ方向である面もあろうが、これらの裏には、新たな規制を増やすことで官公庁がふたたび存在を主張しよう、さらには将来の利益を確保していこうとの意図が透けて見える気がする。

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