[ NEXT ][ BACK ][ HOME ][ INDEX ]




羊敷布(ひつじしきふ)



ゆうべの羊が、と あなたはシーツにころがした。首のない女のよ うに、だれかがうなずき、その数だけ、庭に鳴き声がおりてゆく。 ひきのばしたシワのてまえで、彼女は瞼にたくしこもうとするのだ った。やわらかな口先が、あちらのような湿度にむけて、結露をつ なぐ、ふと、こぼれる。あなたは彼女のように彼らのことをおぼえ ている。外は柵のようにいたいたしいと、指がもたげた。わたしの 肌、わずかにささくれ、なまあたたかさに、安堵していたのかもし れない。ここには月明かりがたりなかった。とざされた街灯に、雲 のあふれる、だれかの声が、みうしなったと、まだらな影をひきず っている。では、そのことではなかったのですね。わたしはシーツ をにぎってみる。その回数だけ、首のうらにしこりがのこる。羊を かすめ、男をまたいで、女は窓、拭き取ろうとするのだった。眠り ではない口の奥で、ひとしきり鳴き声をつむってみる。もどかしい 線、うやむやにするかぎ裂き、あなたはわたしのように、明け方を とりちがえることもあっただろう。はっきりとした声が、女をみつ める。うしなわれた肯定を、郊外に、やけに明るい場所へ、投げい れること。肩のつけねがどこかでまたたき、這いあがる。蹄のよう な割れかたが、枕ちかくににじみだす。起きなくてはと、鵺のゆき かうしじまをよこぎり、あなたはふるえる舌先を、彼のようになつ かしむ。おもいだせない羊をころがす、ぐらぐらと結束する首のた めに、窓は代用をつぎはいでいた。充足のあとずさる、あとすこし、 とわたしはくるまる。鳴けない口が、庭にきしんだ。






[ NEXT ][ BACK ][ HOME ][ INDEX ]