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降るほうへ。



しずかな坂道、とだれかがいい、いわない先からもれだしては、別のかたさへ、たとえばわたしたちにそそぐのだった。建てられたものの上、いつでも蔦がながめている。わずかな傾斜、と足が記憶をふりむいた。降ってくる場所へ、空耳のたしかさが待たれていた。いないあなたをかいまみせ、いるわたし、だけを靴の底からつないでいる。からまって、ふれることのない蔦だった。わたし、たち、そう、はなれて、はなたれたことば、追うようにして、あるべき坂を下ってゆく。足取りの、なでてははぜる道ゆきだった。別様の、とあなたはいい、うなずくようにわたし、たち、おおむねの常緑を、ふるびた冬をながめていた。
かつてのあなたなら、なだれをうった、というかもしれない。いくえにも街がつむがれ、いくえにもかれら、とてものまれ、とても正確な歩行をはわせていた。発熱のぱちぱちと、平坦さをいぶかしみながら、わたし、たちは蔦の青さを夜にわたす。うけとりのない坂上から、かれらの消息がこぼれてゆく。街々は、あかるさをうけいれるようにして、いたはずのこちらから、あとかたもなくすがたをつつんだ。別人のかかとでは、いつでも蔦、あなたは歌うようにひとりだから。かたどっては、坂という坂、必然のようにつらぬくのだった。起こってしまった、とだれかのささやく。わたしはかれにおぼえがない。後をつけ、みまちがえ、まきこまれても日々だった。いないわたしをふみだした、だれもが場所をもとめている。そうとはしらず、あなたの声は壁に似合った。
目覚めのさなかにゆくえがさけた。あるいはもどり、わたしたちはなんどもたたずみ、ほとんどもとの、はじめられた地点をふりむくのだった。なぎたおされることなく、緑の蔦、かげりばかりがけわしかった。かじかんだ、足の先が、しるべにふれては立ちつくす。かれらは消印のさむさにくるまり、きてしまった、これなかったもののすきまから、あらたな街をいぶかしんだ。後から、跡から、灰のわきたつ、あるいはふるえて。かつての傾斜がわたしたちをまたぎ、のがした夜をひとときともす。とおい燠火がまたたいていた。いわなかったことがわたしをとらえ、いったはずの、あなたのかげがうしなわれる。慣れることのない建物だった。おくれてはうなずき、どうしようもなく聞きのがしながら、まだ、かれらは下りつづける。あなたは坂をおぼえていた。降ってくる、いたはずの場所のうらがえる。しずんだ冬のにおいがした。



■初出:『詩と批評ポエームTAMA 95 』




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