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花蓋



それは家族ではなかったろう。午睡のようなこだまがうちよせ、月
と日のなかでひいてゆく。新鮮さがさびていた。うまれたかったの
かもしれなかった。ささった骨のような蓋がある。いながらにして
置き去りにし、ふなれなままに足をひそめるのがわたしだった。み
たされることにあらがうように、しろいものがまじっていた。彼ら
の近況がまとわりつく。
ねざめの悪さがしたたりおち、地平の線にのまれてゆく。のどの奥
のきしみのために、彼らは今日もすりぬける。帰郷のような沈黙が
あった。しびれた足がちらばるので、彼女はみうしなう、のかもし
れない。のけぞることが褪せていた。音沙汰のなさにうたれる杭。
あおむけの魚が空を切る。
夕暮れに、男はだめだといったのだ。とじたまぶたがあえいでいる、
夜目のかげりにきばんだかたちが、水をえたようにうごめくのだろ
う。にぎやかさをこのんでいた、いそぎたがるささくれだった。窓
の明かりがうるさいぐらいだ。てまねきのような邪推のなか、およ
いだものがやんでいた。指さしたまま土に添うのはたぶん彼。なじ
んだものがうらがえる。
くろずんだ破片から、日々であったものがしみこんでいた。消灯の
ようなさざめきのなか、魚のむれが真昼をまたぐ。口のなかがかゆ
くなる、彼女は正面をむきたがらない。なくなることが声をひそめ、
新芽のありかをたずねる、から。つかんだ消息にふるさがあふれる。
朽ちたものが無表情だ。
満ち潮のようなひとときが、底のけはいをうやむやにする。早足で
ねむりたがる、からめたかったのかもしれなかった。のどのつかえ
がすべりおち、なつかしさに着地する。蓋はからからと笑うようだ。
とりこまれた近況が、しろさのなかで灯っている。それは家族だっ
たのかもしれなかった。さびたものが、彼らの足音をかき消した、
次の日のような、とわたしがねむる。


※初出『詩と批評 ポエームTAMA』111号




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