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オフィーリア、行き来したことばが逃げ去り、別の場所で咲きますか


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写真:ジョン・エヴァレット・ミレイ《オフィーリア》(一八五一〜五二年)



第1章

〈ある連鎖─しらないことばが絵画をひたし、わたしたちをぬらす〉

 「ミレイ展」(八月三〇日〜十月二十六日、Bunkamuraザ・ミュージアム)に行ってきた。会期終了間近、平日の午後五時四十五分位についたのだけれど、思ったより混んでいた。入場券を買うのに並んでいたのに、まずすこし驚いた。ここには何度も訪れているが、平日の閉館近い時間に、こうしたことは初めてだったから。けれどもそれはほとんどうれしい驚きだった。共有をかんじるような、静かなざわめき。
 さて、ジョン・エヴァレット・ミレイ(一八二九〜九六年)。「一八四八年秋にダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハントらと 「ラファエル前派兄弟団」を結成。革新的芸術運動の中心的役割を担い、注目を浴びます。六七歳で亡くなるまで、唯美主義的作品、子供を主題とした作品、肖像画、風景画など、新たな技法を探求しながら、幅広いジャンルの作品を手がけたミレイは、当時のヨーロッパで最も人気のある画家のひとりとなりました」と、公式ホームページにはある。ともあれ、彼の《オフィーリア》(一八五一〜五二年)が見たくて、やってきた。
 ハムレットのヒロイン、花を摘みにきて誤って河に落ち、溺死する狂気のオフィーリア。それは私の中では、なぜかオルペウス(オルフェ)と重なるのだった。竪琴の名手である彼は冥界に妻エウリュディケを取り戻しにいき失敗。以後、女性に見向きもしなくなったことから、女性たちに復讐され、八つ裂きにされた後、竪琴とともに川に放り投げられる。オフィーリアも歌を歌いながら川を流れてゆくが、オルペウスの首も、歌を歌いながら川を流れてゆく。彼と竪琴は、レスボス島にたどりつき、彼の竪琴は琴座となる。彼が、ギュスターヴ・モロー、ルドンほか、さまざまな画家、そして音楽家、映画などでとりあげられたように、オフィーリアもまた、私たちに、その姿を、ミレイによって、永遠のように川を通して流し続けるのだった。
 漱石の『草枕』に、このオフィーリアは重要な存在として現れると、展覧会では紹介されている。漱石はこの作品を一九〇一年に《遊歴の騎士》などとともにロンドン留学中に見ているという。若い画工を描いた『草枕』は漱石のなかでも特に好きな作品だったのだが、気づかなかった。多分、その頃のわたしはミレイを知らなかったのだ。
「余が平生から苦にしていた、ミレーのオフェリヤも、こう観察するとだいぶ美しくなる。何であんな不愉快な所を択んだものかと今まで不審に思っていたが、あれはやはり画になるのだ。水に浮んだまま、あるいは水に沈んだまま、あるいは沈んだり浮んだりしたまま、ただそのままの姿で苦なしに流れる有様は美的に相違ない。それで両岸にいろいろな草花をあしらって、…」「土左衛門は風流である」「オフェリヤの合掌して水の上を流れて行く姿だけは、朦朧と胸の底に残って、棕櫚箒で烟を払うように、さっぱりしなかった。空に尾を曳く彗星の何となく妙な気持ちになる」。
 今、こうして立って絵を見ている。シェイクスピア、漱石、ミレイ(そこには、勝手にわたしが想起したオルペウスの要素もまじっているが)、何かまるでこうした人々のあわいを流れるようでもある。かれらの合作の要のようでもあるを。いやそうではない、人々のこれを見たときの感嘆により、わたしたちはつながっているのだといったようななか、仰向けに横たわった美しい彼女が存在するのだ。彼女によりつながる何かたち。またそれは、植物たちとの競演でもあった。ここに描かれた場所は、ロンドン南西のホッグズミル川だそうで、会場にはその写真もある。植物たちとの合作。それはそこに生きているものたちとしての競演でもあるが、ハムレットという文学的な要素がこめられているように、ここにおかれた花の花ことばたちも、絵をつくりあげる要素となっているのだった。柳が「見捨てられた愛、愛の悲しみ」、ケシが「死」、パンジー「かなわぬ恋」、ワスレナグサ「私を忘れないで」、など。だが、それを知らずとも、こうした花はたむけられたものとしても、またそこに存在するものとしても、わたしたちに語りかけてくる。花とともにある生と死としても。日々、咲き続ける花たちのなかで。それは悲劇が日常におかれてあることの謂いでもある。
 会場内でのビデオ上映によると、このオフィーリアは手をあげているのだが、それは殉教者のポーズだという。また、そのうっすらと開いた口は、ほとんど官能的とすらいえるのだが、これは生を描いているのだという。つまり絵のなかに生と死が混在していることからも、リアリティがつきあげてくるのだった。彼女の傍らを流れるヒナギク(「無邪気」)は、根っこをもたないことから、もうまもなく、生花のように生を終えるだろう。歌っている、いまだ生きているオフィーリアがまもなくそうなるように。手折られ、オフィーリアとともに朽ちてゆく花たち。   ミレイのほかの作品でも、シェイクスピアに限らず、ことばにまつわるものが多い。バイロン、ワーズワース、トーマス・ムーア。たとえば《マリアナ》(一八五〇─五一年)は、アルフレッド・テニスンがシェイクスピアの『尺には尺を』から想を得て詠んだ詩『マリアナ』(一八三〇年)に基づくものだという。婚約者アンジェロに捨てられ、塀に囲まれた中で孤独な生活をおくるマリアナ。ステンドグラス越しに、腰に手をあてたマリアナは光をあびながら、外を見つめているのか、見つめていないのか。上体を逸らした彼女からは寂しい意志のようなものを感じる。日のあたらない陰になったところに蜀台がおかれているが、それは男性器の象徴かもしれない、とあった。それはわからないけれど、暗さからなにかがしのびよるような、それが心象風景とつながっているような、説得力が絵からこぼれていた。…

(初出  大字豹 2008年10月25日)


第2章

《わたしは水に忘れないで、》
 オフィーリア、オルペウス、“風流な土佐衛門(夏目漱石)”他

こゆびをふきとったせいしんになる。あのひとは、そうつたえ(ら
れないいみをぬぐいながら、だんぺんとなったかつじのいくばくか
はひろいあつめ、うしみつどきにいのりをこめて)、およぐこえはた
てごとです。はなをたむけてねむりをうたう、きしにひっかけ、き
しをさそう、からまるあいづちをおもんぱかったのかもしれない、
そうきのまにまにゆれるくさ、ばな、だからどこかでずっとわすれ
ない。へだたったほとばしりを、しげみのなかでそうさいしたのか
(もしれない、よふけにうまれつつあるはなのことば、たちは、し
んそこぺんさきをひたしていたのだと)、やなぎ、かなしんで、ど
こかでおあいしたかもしれません、ようやく。みずみずしさをしま
にながめ、なかすをまじえ、ゆびのうかんだがっきです、からんだ
うたをちんもくし(たのだと、うしみつどきはきびすをかえした、
はなをつままれても、つまりかつじはみあたらないのだ)、きおくは
いまをあるひながれ、ざわざわとのばら、くのうし、べつのときを
ふさぐこともあるだろう。びたびたとざっとうのほうへ、いみをわ
すれたしぶきたち、くさをまるめ、ささげることでいきかたをまと
って。せいしんをあおぎ、ますますかのひとのほうへ、であるかの
ようにくちもとへもちはこび、あたかもようすい、またはさんずの
かわへそそぐのだと、よつゆ、あさつゆ、かれて、なえて。ゆびに
しなったばんそうが、くさのことばをつたえている。けしはしにま
す、わすれないで(おぼえていた、かつじはそれぞれをたたえ、ひた
したこともあるのだから、あかるんで、おんがく、くろずんで)、
くきをたおったせいしんを、ごせんふにかわいたあのひとだから、
かきならし、かきいだき、ひなぎくはむじゃきにめいふをひもとい
ていた。うきしずみするおもい、くさにひびかせ、たぶんほとんど
がしまへ、なかすへ、ながれつくした(かったのだとうたにいくぶ
んかはのせるだろう、げんがしなる、ふちゃくしたかつじがなる、
くさきのねむるものおもい、ますますさけんでふけるのだ)。こども
らしいきんぽうげ、かのひとにそっとたむけ、わたしたち、しって
いた、しらないかつじをあつめ、ぬれたかったのだ、きっと、よう
やく。ぬれたまくら、およいだこうこつ、はなのことばをしりたい
か、ぺんさきたちがあいずする、いきていたけしです、わすれない
で。こゆびをからめてせいしんをあおぐ、みなもにうつって、ほし
ですか。あのひとは、そういいさして(くちずさんで、うしみつど
きをますますさがす、かわいたいみもまたいのりだから)、かのひと
をしたためただろう。たてごとにしたたるこえのあめもふる。たわ
んだかつじのいくばくかはきしにあがり、はなのことばをうけとっ
た。うたいつぎ、さんずにようすい、くさきのおきるふうりゅうです。

(初出『hotel 第2章』no.22)


第3章

 昨年、Bunkamuraザ・ミュージアムでミレイの《オフィーリア》を観た。ハムレットのヒロイン、花を摘みにきて誤って河に落ち、溺死する狂気のオフィーリア。漱石の『草枕』でこの絵が重要なモティーフとなっていると展覧会で知った(彼は実物を一九〇一年のロンドン留学中に見ている)。「土左衛門は風流である」…。若い画工を描いた『草枕』は漱石のなかでも特に好きな作品なのに気づかなかった。多分そのわたしはミレイを知らなかったのだ。ともあれ、シェイクスピア、ミレイ、物語と絵が行き来する、そこに漱石が入ることで、絵にさらに通路が開けたような気がする。絵の河が人々の淡いを流れるようでもある。その水は、わたしの想いをも浸して流れるのだった。又、ここに描かれた花たちはそれぞれ花ことばを持っていて、それも絵を構成する要素となっているという。ことばと絵が行き来する。柳が「見捨てられた愛」、ケシが「死」、パンジー「かなわぬ恋」、ワスレナグサ「私を忘れないで」…。だがそれを知らずとも、画面の花たちは、むせるような生々しさで、存在を見せつけてくる。摘まれ(いわば生を終えて)、折れ曲がり、盛りと咲いて。そしてオフィーリアの官能的な表情が、死と生が混在してあることを湿度のように伝えてくる。これら無言の、圧倒的な語りかけがあるからこそ、物語たち、花ことばたちと、絵は行き来することができるのだった。淡いを流れて。

(初出『hotel 第2章』no.21 TERRASSE)



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